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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
スティーブ・ジョブズの「生涯で最高の出来事」
アップルの会長、スティーブ・ジョブズが死去した。今さら彼についての説明は不要だろうが、日本のビジネスマンにとって切実な問題は、どうしたら彼のようなイノベーターが生まれるのかということだろう。短い答は、それは不可能だということだ。モーツァルトのまねをしようとしても不可能なように、ジョブズのような天才を他の人がまねることはできない。
しかしアップルの奇蹟は、彼ひとりでできたわけではなく、いろいろな偶然が重なってできたものだ。ジョブズは1977年にアップルを創業したが、1985年にはアップルを追放され、1997年に経営陣に復帰した。いったん会社を追放された経営者が、もとの会社に戻って実権を握るということは、普通はありえない。それが可能になったのは彼が偉大だったからではなく、アップルの経営が悪化して経営を引き受ける人がいなかったからだ。
アップルは、ジョブズを追放してからも内紛が絶えず、経営者が交代するたびに経営方針が変わり、多くの幹部社員が辞めていった。巨額の赤字を出し、CEO(最高経営責任者)の仕事は買収してくれる企業をさがすことだった。しかしマイクロソフトとの戦争の敗者を買収する会社はなく、異例のCEO不在という事態になり、ジョブズに懇願して「暫定CEO」として迎え入れたのだった。
このためジョブズは、まるで創業のときのようにすべての決定権をもち、当時の役員をすべて辞任させ、製品系列を大幅に削減して大量の社員を解雇した。その結果、アップルはよくも悪くもジョブズの「ワンマン企業」になったのだ。これがジョブズがアップルを生まれ変わらせることができた第一の原因である。
普通は、アップルのように全世界に現地法人をもつ大企業を一人で経営することはできない。経営陣のゴタゴタも、各部門を担当する役員の内紛によるものだった。しかしジョブズは、35系列あった製品を5系列に絞ることによって、こうした社内政治をなくし、彼がすべての製品を直接コントロールした。
もう一つの成功の原因は、ハードウェアをすべて外注したことだ。iPadの背面を見ると"Designed by Apple in California Assembled in China"と書かれている。部品には日本製も多いが、組み立ては中国でやっており、アップルにはハードウェア工場はない。かつてマッキントッシュでソフトウェアとハードウェアを一体で生産したときは、自社の工場で生産したため、高コストになって失敗したが、iPadはサムスンなどのタブレット端末と比べても価格競争力がある。
つまりコンピュータという複雑な製品の大部分を海外にアウトソースし、アップルはソフトウェアに特化し、製品系列も減らすことによって、ジョブズは自分の理解できる範囲に会社を縮小した。その結果、彼の思い通りの製品をつくることができ、シンプルで完成度の高い「作品」ができた。彼はマッキントッシュの失敗に学んだのだ。
もちろん、その結果できた製品には好き嫌いがある。特にプラットフォームを独占してアプリケーションを審査し、高い手数料をとる手法は「独裁的」だと評判が悪い。しかしそう思う人は、他社の製品を買えばよい。最終的には、どのプラットフォームでよいソフトウェアが出てくるかで勝負は決まる。市場占拠率はグーグルのAndroidがアップルを抜いたが、今のところアプリケーションの質についての評価はアップルのほうが高い。
このようにジョブズの奇蹟は、シリコンバレーという特異な風土で、大きな失敗を繰り返す中で生まれてきたもので、他の国でまねることは不可能だろう。しかし日本の企業がそこから学ぶことはできる。それは失敗を許し、そこから学ぶことが重要だということである。日本の大企業では、新しいアイディアは複雑な組織の中で生まれる前に死んでしまい、ジョブズのように失敗することもできない。
ジョブズは、アップルから追放された経験を「生涯で最高の出来事だった」と振り返っている。その失敗に学んで彼は視野を広げ、企業を経営する知恵を身につけたのだ。イノベーションのほとんどは失敗であり、失敗を恐れていては創造性は生まれない。日本企業の失敗を許さない組織を、失敗しやすいしくみに変えていくことが必要だ。私の新著『イノベーションとは何か』(東洋経済新報社)ではそれをテーマにしたので、お読みいただければ幸いである。
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