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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
スマートフォン戦争で変わる通信業界の力関係
日本経済新聞によれば、KDDIは来年初めにアップルの次世代端末「iPhone5」を発売するという。これによって今までiPhoneにSIMロックをかけて他社で使えないようにしてきたソフトバンクの独占は崩れ、価格やサービスの競争が始まる可能性がある。このニュースを受けて22日、ソフトバンクの株価は12%以上も下がり、東京証券取引所の下げ率ナンバーワンになった。これは私のようなiPhoneユーザーには朗報だ。ソフトバンクの電波は悪く、地方に行くと県庁所在地以外ではほとんどつながらないからだ。
今回の決定の背景には、アップルの戦略変更があるといわれる。国内のiPhone出荷台数は、昨年7~9月期に93万台だったのを最高に横ばいで、グーグルのAndroidに台数ベースで抜かれたアップルにとっては、地方で売れないソフトバンクにiPhoneを独占させるわけに行かないのだろう。KDDIは、iPhoneを獲得するまでに1年半も交渉したといわれる。現在のiPhoneではKDDIの通信方式(EV-DO)は使えないが、今年初めからアメリカではEV-DO方式のベライゾンでもiPhoneが使えるようになっており、技術的にはいつでも可能だった。
これによってソフトバンクから電波の届きやすいKDDIにiPhoneユーザーが流れる可能性が高いが、KDDIの業績が好転するかどうかはわからない。アップルは通信キャリアから高率の手数料を取り、販売台数のノルマを課すといわれており、短期的には赤字販売になる可能性もある。そのせいか、KDDIの株価もやや下がった。
いま起こっている変化は、単なるKDDIかソフトバンクかという業界レベルの問題ではなく、その底流には通信業界の大きな地殻変動がある。5年ぐらい前までは、キャリアが端末メーカーに陳情するなどということは考えられなかった。日本ではキャリアが端末の規格を決めてメーカーに発注し、販売奨励金で小売店まですべて系列化した。各社ごとに「iモード」や「写メール」など独自のサービスを端末に組み込み、高機能・高価格の「ガラパゴス携帯」(ガラケー)になった。
同じ時期にアップルは、ウェブ・ブラウザを組み込んだ「スマートフォン」の開発を進めた。これはガラケーとは違って、パソコンとほとんど同じ機能を携帯端末に実装するもので、いろいろなソフトウェアを動かすOS(基本システム)が必要だ。現在のiPhoneの性能は、20年前の大型コンピュータとほぼ同じである。つまりガラケーが複雑な携帯電話であるのに対して、iPhoneは超小型コンピュータなのだ。
これは1980年代のコンピュータ業界に似ている。当時、日本でもアメリカでも小型コンピュータの開発が始まっていたが、日本ではワープロ専用機や各社ごとの独自機種がバラバラに開発された。ワープロ専用機にはプリンタまで一体化され、文書作成には便利だったが、それ以外のことはできなかった。他社のパソコンで処理したデータは読めないので、バラバラのファイル形式が乱立し、すべて共倒れになった。
同じ時期に、世界市場ではIBM-PCとその互換機が標準になり、一つのOS(MS-DOS)で同じソフトウェアが世界中で動くようになった。これによってコンピュータの市場は一挙にグローバル化し、各国ローカルの機種は全滅した。日本にもNECのPC-9800などのガラパゴス型パソコンがあったが、90年代には姿を消した。
いま携帯端末で起こっているのは、80年代のパソコンと同じ現象である。世界市場でも、OS開発で遅れをとったノキアやRIMのシェアは急落している。ガラケーは昔のワープロ専用機と同じで、世界市場のシェアは国産メーカーを合計しても3%に満たない。日本メーカーが独自規格にこだわってPC-9800のようなガラパゴス型スマートフォン(「ガラスマ」というそうだ)を作り続けると全滅するだろう。崖っぷちに立っているのはソフトバンクだけではなく、日本の携帯端末産業なのだ。
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