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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
「国民背番号」による行政の効率化を阻む過剰セキュリティ
政府の社会保障改革検討本部の実務検討会は、税金や年金などの個人情報を一元管理する「共通番号制度」を法人にも導入し、年内に法案化する方針を固めた。6月にも「社会保障・税番号大綱」(仮称)を策定し、秋の臨時国会にも関連法案を提出する見通しだ。このような「国民背番号」は税や年金を公平に効率よく徴収するために不可欠のインフラであり、それがないのは先進国で日本だけである。
しかし、その実現までには多くの曲折があった。国民背番号の構想は1960年代からあり、80年代にはグリーンカード(少額貯蓄等利用者カード)による納税者番号が導入されたが、法案が成立してから凍結された。その後も1999年に住民基本台帳法の改正で番号はできたが、住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)に対する反対運動のため、納税には使えないことになった。
このとき民主党の枝野幸男議員(次期官房長官)は「住民ネットは自治省の利権のためのものだ」と称して反対運動の先頭に立った。このように野党時代の民主党は国民背番号に反対し、2003年の個人情報保護法のときには政府案より厳格な規制案を出した。また「私は番号になりたくない」と叫ぶ櫻井よしこ氏などが大騒ぎし、毎日新聞などのマスコミも「プライバシーが国家管理される」と恐怖をあおった。
しかし税でも社会保障でも、すでに個人別の番号はつけられている。基礎年金番号は今でも年金手帳に書かれており、誰でも容易に見ることができる。たとえばグーグルで「池田信夫」を検索すると、200万ページも出てくる。そこには私の住所も電話番号も悪口も、あらゆるプライバシーが出ている。背番号だけ禁止しても何の役にも立たない。
セキュリティ技術の発達した現在では、行政の把握している個人データが漏洩するリスクはきわめて小さく、それは共通番号によって大きくなるわけでもない。むしろ今までいい加減に管理されてきた基礎年金番号を住民票コードに移行して合理化すれば、「消えた年金」のような事故はなくなるだろう。実は、背番号をいやがっているのは、税金を正確に把握されるのをいやがる自営業者なのだ。
民主党も、消えた年金騒動の教訓で、2009年の総選挙のマニフェストでは「所得の把握を確実に行うために、税と社会保障制度共通の番号制度を導入する」と軌道修正したが、税制調査会などでの議論は棚上げになっていた。共通番号に何を使うかをめぐって、役所の縄張り争いが続いてきたからだ。
政府の実務検討会が昨年12月にまとめた中間整理案では、共通番号システムとして住基ネットを使うことが決まったが、現在の住基ネットをそのまま共通番号のインフラに使うことには問題が多い。住民票コードは全国民を合わせても正味10Gバイト(DVD1枚分)ぐらいしかないのに、システムの構築費に800億円以上、ネットワークの運用に年間200億円もかかっている。しかも住基カードの普及率は1%以下で、行政サービスにほとんど活用されていない。
その原因は、すべてに過剰なセキュリティを求めるためだ。住基ネットのとき、民主党やメディアが大騒ぎしたことが官僚のトラウマ(心的外傷)になり、完璧なセキュリティがないと行政事務は電子化できない。民間でもコンプライアンス(法令遵守)を極度に重視する風潮が強まり、顧客名簿は社内でも「極秘」指定にされ、PTAの緊急連絡名簿から電話番号も住所もなくなった。
通常の行政事務にはIDとパスワードがあればいいのに、ネットワークを通じたすべての行政事務に住基カードを必須にしたため、インターネットが利用できない。おまけに「ITゼネコン」と呼ばれる大手電機メーカーの大型コンピュータで運用しているため、高コストで複雑になり、納税システム「e-TAX」は設定に1日かかる。
住民票コードを活用するのはいいが、現在の大型機と専用線をベースにしたシステムは廃棄し、パソコンとインターネットでシステムを再構築すべきだ。そうすれば、おそらく構築費も運用費も1/100ぐらいになり、住基カードをやめれば家庭からインターネットで行政手続ができるようになる。背番号も電子化も目的ではなく、手段にすぎない。大事なのは、それによって国民の利便性を高め、余分な公務員を減らすことである。
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