コラム

民主党をゆるがす「黒船」TPP騒動

2010年10月28日(木)17時28分

 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)をめぐって、民主党がゆれている。TPPといってもなじみがないと思うが、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4ヶ国で結んでいる自由貿易協定である。ところが昨年、オバマ大統領がアメリカもTPPに参加する意向を表明し、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアも参加を表明した。中国もTPP参加に関心を示しており、太平洋ブロックを包括する自由貿易圏に発展する様相を見せてきた。

 日本もこれに乗り遅れまいと、菅首相は臨時国会の所信表明でTPPに参加する意向を表明する予定だったが、民主党内の反発で「参加を検討する」との表現にとどまった。11月7日から横浜市で開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で、日本が議長国として指導力を発揮するため、外務省や経済産業省は推進体制をつくろうとしているが、農林関係議員が反対している。

 仙谷官房長官と前原外相が推進派で、鹿野農相が反対派というのはわかるが、当初は推進派だった大畠経産相が26日になって一転して慎重派になったことが混乱に拍車をかけている。この背景には、大畠氏の所属する鳩山グループが中心になって結成した「TPPを慎重に考える会」という議員グループがある。

 これは小沢グループの山田前農相が中心になって結成したもので、110人の国会議員が参加を表明している。農村地域や参議院一人区の議員が多く、「TPPは黒船だ。関税を撤廃したら日本の農業は壊滅する」と強く反発している。このままエスカレートすると、代表選挙のとき党内を二分した「小沢/反小沢」の対立が再燃し、党分裂の引き金ともなりかねない。

 おまけに官庁もTPPについて別々の「シミュレーション」を発表した。内閣府は、TPPに参加すれば貿易の拡大などで実質GDP(国内総生産)が0.48~0.65%上がるという推計を出したが、農水省は関税をすべて撤廃すると、食料自給率(カロリーベース)が14%に低下してGDPが1.6%低下するという。他方、経産省はTPPに参加しないと、欧米とFTA(自由貿易協定)を結んだ韓国に市場を奪われ、2020年にはGDPが1.53%低下すると試算した。

 経済的にみて、どちら側の主張が正しいかは議論の余地がない。これは前原外相がいうように「第1次産業のGDP比は1.5%。その利益を守るために残りの98.5%を犠牲にするのか」という問題である。しかし1.5%の政治的発言力のほうが強いため、これまで日本はアメリカともヨーロッパともFTAを結べず、円高で輸出産業は苦境に追い込まれ、海外移転が進んでいる。

 こういう話には、妙な既視感がないだろうか。自民党政権でウルグァイ・ラウンドのコメ自由化のときや、WTO(世界貿易機関)の交渉のたびに毎度のように繰り返された騒動である。そういう政治にうんざりした国民が「既得権益の打破」を掲げた民主党に投票したはずなのに、いま起きているのは自民党時代とまったく同じ騒ぎだ。市場開放に反対しているのは「東アジア共同体」やら「友愛」やらを掲げていた鳩山前首相である。何のための政権交代だったのだろうか。

 菅首相は、党の分裂を避けつつAPECで前向きの姿勢を示すべく党内調整に苦心しているそうだが、これはまさに江戸末期の状態である。坂本龍馬と近藤勇に手を結べといっても無理だし、結んだところで長続きするとも思えない。この際、「尊王攘夷」を掲げる小沢・鳩山グループが党を出て、自民党でもTPPに反対しているグループや国民新党や社民党と連携し、他方で民主・自民両党の「開国」派が合同し、国会を解散して「開国か鎖国か」を争点に総選挙をしてはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story