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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
大型店の規制強化で利益を得るのは誰か
大畠章宏経済産業相は7日、全国商工会連合会などと会談し、「大型店の規制が緩和されて、中小の商店がさびれた。このまま放置すると地域社会が崩壊する」と述べ、大型店の出店規制を強化する方針を示した。「小泉改革で格差が拡大した」という民主党の宣伝が嘘であることは周知の事実だが、同じレトリックが、今度は「規制改革で地域が崩壊した」と装いを変えて出てきたわけだ。
大型店の規制が、小泉政権によって緩和された事実はない。大規模小売店舗法(大店法)は2000年に廃止されたが、その代わり同じ年に大規模小売店舗立地法(新大店法)ができ、「都市計画」の観点から規制することになった。旧大店法ではスーパーマーケットの中心市街地への立地を主として規制していたのに対して、新大店法では郊外型ショッピングセンターが規制対象になることが多い。
規制の理由も、既存の小売店の営業への影響を理由にすることはWTO(世界貿易機関)違反の疑いがあるとアメリカに批判されたため、地域社会への影響を審査することになっている。しかし現実には、「車が増えて危険だ」とか「環境が悪くなる」といった理由で出店が認可されなかったり、店舗面積が削減されたりするケースが多く、実態は昔の大店法とほとんど変わらない。
郊外型ショッピングセンターを規制することで利益を得るのは、地元の商店街ではない。昔ながらの小売業が衰退した原因はモータリゼーションと人口減少なので、規制によって商店街を守ることはできない。特定の商品に特化して低価格で大量に売る「カテゴリーキラー」と呼ばれる郊外型ショッピングセンターと競合するのは、既存の大型店である。
特に1973年に大店法ができるまでに中心市街地に進出したスーパーマーケットは、その後の規制強化で新規出店がなくなったため競争がなくなり、デパート並みの価格で売っている。つまり新大店法の規制を強化しても「地域社会の崩壊」を防ぐ効果はなく、既存の大型店がもうかるだけなのだ。
最大の問題は、経産相が消費者の利益をまったく考えていないことだ。地方の商店街には、ファッションも情報通信機器もフィットネス施設もない。ある都市で大型店の出店を規制しても、消費者は地元の商店街へは行かず、自動車で隣町の郊外型ショッピングセンターに行くだけで、割りを食うのは車をもっていない交通弱者である。
日本経済全体を考えた場合、その成長率を低下させている最大の原因はサービス業であり、特に小売業の近代化が遅れている。たとえば世界最大の小売業ウォールマートの年間売り上げは4050億ドル(33.6兆円)だが、日本最大のセブン&アイ・ホールディングスの売り上げは5.1兆円と一桁違うため、自社ブランド生産や海外生産が困難だ。経産相の政策は、内需を拡大して成長率を引き上げるという政府の「成長戦略」と矛盾するものだ。
大型店を規制して商店街を守ろうというのは、コメに関税をかけてコメ農家を守ろうというのと同じで、競争のなくなった既存商店はますます衰退し、日本の小売業は世界から取り残されるだろう。逆にいえば、小売業の生産性は非常に低いので、その効率を上げれば地域振興に役立てることもできる。一部の自治体では、大型店を誘致して地域に大型のショッピングセンターをつくり、近隣の町から客を集めているところもある。
昔から住んできた町に住み続けたいという人々の気持ちはわかるが、商店街が都会と同じように繁盛するのは無理だ。流通の近代化によって地域社会が大きな影響を受けることは事実だが、それは規制を強化しても止めることはできない。日本経済が停滞を脱するためにも、人々が都市に移動してサービス業の生産性を上げるしかないのである。
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