コラム

民主党政権が高める日本の「カントリーリスク」

2010年08月19日(木)14時51分

 急速な円高で、日本企業の海外戦略が見直しを迫られている。日本政策投資銀行が8月3日に発表した設備投資計画調査によると、2010年度の日本企業の海外設備投資額は前年度比35%増となり、設備投資の総額20兆円の1割を超えた。経済危機後の投資の大幅な落ち込みが回復してきたが、その大部分は新興国などにシフトしている。特に製造業では、海外投資の増加率は57%に達している。

 たとえばパナソニックは、今後3年の中期経営計画で、海外売上高比率を55%まで高める方針だ。昨年度の海外売上高比率は48%だったが、今年4~6月期は半分を超した。今後の設備投資も新興国に集中する予定で、特にインドでは新たに工業団地を建て、エアコンや冷蔵庫などの生産拠点にする方針だ。パナソニック・グループの採用も、今年は8割が海外だった。

 この一つの原因は、市場の大きさが違うことだ。たとえば中国の液晶テレビ販売台数は来年4500万台に達して世界最大の北米を抜くと予想され、1000万台前後の日本とは比較にもならない。このため電機・自動車メーカー各社は、中国企業との資本提携を進め、生産拠点を中国に増やしている。中国の消費増加量は世界の半分を占めるといわれ、その中に立地しないと大きなシェアを得ることはできない。

 もう一つは、価格競争が激しくなって、日本からの輸出ではとても対応できなくなったことだ。中国やインドで生まれている製品は、先進国のような高機能・高価格のイノベーションではなく、3000ドルの自動車や300ドルのPCなど、新しい機能を付け加えるのではなく、不要な機能をそぎ落とす「逆イノベーション」である。それに対抗するには、現地で低賃金の労働者を雇い、最小限の設備によって低コストで生産するしかない。

 こうした変化は、90年代から新興国の発展とともに、世界的にみられる傾向である。それは産業の「空洞化」をもたらして賃金の低下をまねくおそれが強いが、この流れを各国の政府が阻止することはできない。このため先進国の政府は、サービス業への転換や対内直接投資を促進するなど、国内の雇用を守る対策に苦慮してきた。

 ところが民主党政権は、これを「グローバリズム」とか「市場原理主義」と呼んで敵視するばかりで、何の対策もとっていない。日本の法人税率は主要国でもっとも高く、アジアの租税競争の敗者になろうとしているが、民主党の動きは鈍い。法人減税には、労働組合が「大企業優遇」と反対しているからだ。

 過剰規制も、企業の海外移転を促進している。特に雇用規制は、アジアでは突出して厳重で、「偽装請負」の禁止によって自動車メーカーは、アジアへの拠点移転を余儀なくされた。厚生労働省は最低賃金を引き上げる方向を打ち出しているが、これによって企業の海外移転はさらに進むだろう。

 この他にも、個人情報保護法や著作権法などの規制が強いため、情報サービスの拠点を海外に置く企業も増えている。薬事法の改正で薬品のネット販売が大幅に規制されたため、通信販売サイトのケンコーコムは本社をシンガポールに移した。今後の問題として多くの企業が危惧しているのは、民主党政権が国際的に公約した温室効果ガスの25%削減だ。

 ある商社の幹部は「今やアジアで一番カントリーリスクの高いのは日本。民主党政権が反企業的な政策ばかり出すので、国内にいたくてもいられない」とこぼしていた。企業を追い出したら二度と戻ってこず、国内には世界で闘えない企業と老人と、彼らを養うための重税を負担する若者だけが残るだろう。

 政府は円高にあわてて経済対策を協議しているが、為替介入や金融緩和の効果は限定的だ。それより必要なのは、規制や税制を見直し、国内に立地する企業が新興国と闘える環境を整えることである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 6
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 7
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    日本では起こりえなかった「交渉の決裂」...言葉に宿…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story