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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
「デフレ先進国」日本が欧米に教えられること
菅首相の消費税発言がぶれて、民主党は参院選で大敗した。増税をいかにも付け焼き刃で持ち出した首相のやり方はお粗末だったが、IMF(国際通貨基金)も提言したように増税が避けられないことは事実である。首相が財政再建に目ざめたのは、G20でギリシャの状況を知ったことがきっかけだったという。日本がギリシャのようになるという懸念は大げさだが、G20ではデフレと財政再建の問題が大論争になった。
その論争をみると、日本の10年前とよく似ている。最大の争点は、巨額の財政赤字を抱えて財政再建を優先しようとする欧州諸国と、経済の回復を優先して財政支出を続けようとするアメリカの対立だった。結果的には欧州の意見が通り、2013年までに財政赤字を少なくとも半減させるという首脳宣言を出したが、日本はその例外になった。
10年前にも、財政出動によって景気を回復させようとした小渕内閣以降の政策が失敗したあと、緊縮財政を掲げた小泉内閣が発足した。このときも「不況で緊縮財政にするのは非常識だ」という批判があったが、構造改革によって成長率は上がり、失業率は下がった。その結果、2006年までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)の赤字は22兆円減った。財政再建のためには、成長がもっとも重要なのだ。
他方、デフレが進行していることも先進国に共通の悩みだ。これに対して一部の経済学者が「インフレ目標」を持ち出すのも日本と似てきたが、政策担当者には相手にされていない。日本が大規模な量的緩和の「実験」を行なった結果、あまり効果はなく弊害が大きいということが世界の中央銀行の常識になったからだ。
通常はデフレを是正するためには、政策金利を下げればよいが、ゼロ金利になってしまうと、それ以上は金利を下げられない。これ以上緩和するには、かつての日銀のように通貨を大量に供給してインフレ予想を作り出す政策が考えられるが、もともと資金需要がないのだから、いくら通貨を供給しても市中にお金が回らない。日銀の量的緩和で通貨供給(マネタリーベース)は2倍以上に増えたが、市中に出回る通貨(マネーストック)はほとんど増えず、デフレも止まらなかった。
金利がゼロに張りついた流動性の罠のもとでは、ケインズも指摘したように財政政策のほうが有効である。政府は金利水準に関係なく、資金需要を増やすことができるからだ。しかしその効果は一時的で、財政支出が終わったら元に戻ってしまう。成長率を引き上げるには、民間の経済活動が自律的に活発化する必要がある。しかし日本のように財政赤字がふくらんでいると、財政支出の増大は将来の増税に直結することを国民が知っているから消費が増えず、企業も投資を控える。
特に企業が貯蓄超過になっていることが、デフレの最大の原因だ。企業は投資(赤字)によって経済を拡大する部門なので、そこが貯蓄していては成長するはずがない。これは日本では90年代後半から始まったが、欧米でも同じ現象が見られるようになった。今年の第1四半期にアメリカの企業支出は所得よりGDP比で0.8%少なくなり、昨年イギリスの企業はGDP比で8%の貯蓄超過になった。EU諸国の平均でも、企業の貯蓄と投資はほぼプラスマイナスゼロである。
欧米諸国の現状は、90年代前半の日本と似ている。バブル期に銀行借り入れで不動産投資などを行なった企業が、バブル崩壊で担保割れになった借金の返済に回ったため、返済が借り入れを上回ってネットでは貯蓄になったわけだ。日本はこうした債務デフレの局面からは小泉内閣の不良債権処理で脱却したが、その後も立ち直れない。これは企業の新陳代謝が進まないことや、中国などからの輸入物価の低下圧力が強まっていることなど多くの要因が複合しており、簡単な処方箋はない。
根本的な問題は、経済の見通しが暗いため企業が投資に慎重になっていることなので、一時的な財政政策や金融政策の効果は限定的である。菅首相の「増税で成長」とか、みんなの党の「インフレ目標ですべて解決」などという呪術的な経済学に頼るべきではない。欧米諸国はまだ一時的な債務デフレの状態だが、日本のように構造改革を怠って古い企業を延命すると、長期停滞に陥るだろう。それが日本の最大の教訓である。
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