コラム

もう天下りたたきはやめよう

2010年06月24日(木)18時23分

 政府は22日、国家公務員に関する「退職管理基本方針」を閣議決定した。これは公務員の天下りを禁止する代わりに役所に残る高齢の職員を処遇する「専門スタッフ職」を新設し、独立行政法人には閣僚が許可すれば出向できることなどを定めたものだ。先の通常国会で国家公務員法改正案が廃案になったのに、ポストだけ確保する民主党政権に、野党からは批判が強い。

 公務員制度改革は「天下り禁止」が争点になって混乱してきた。日本の公務員制度の原則は、GHQ(連合軍総司令部)の指令で1950年にできた職階法だが、これはアメリカの公務員制度を日本に移植したもので、官僚の抵抗で一度も実施されないまま、2007年に廃止された。キャリア・ノンキャリアというのは法律のどこにも書いてない身分で、戦前からの高等官・判任官という制度を継承したものだ。公務員制度を定めた法律が50年以上も無視され、国家公務員の人事が明治以来の慣例で運用されていたのだ。

 この異常事態は2008年に行なわれた国家公務員法の改正で解消されたが、このとき天下りを監視する再就職等監視委員会が民主党の反対で成立せず、公務員の再就職を斡旋する「官民人材交流センター」が宙に浮いてしまった。政令によって交流センターは発足したが、民主党政権がこれを廃止する方針を打ち出したため、今年閉鎖された。

 民主党は交流センターを「天下りバンク」と批判し、「官僚も天下りしたくてしているのではない。役所でちゃんと処遇して公的な仕事をさせたほうがいい」というが、今のまま天下りを廃止したら、役所が窓際族であふれる――と私が指摘すると、ある民主党議員は「年功序列をやめればいい」と答えた。

 その通りである。天下りの根本原因は、入省年次で人事が厳格に管理され、横並びで昇進する制度にある。課長、局長と昇進するにつれてポストは少なくなるから、同時に昇進させる建て前を維持すると、出世からはずれた人は役所の外に出すしかない。天下りの廃止に官僚が強く抵抗するのも、年功序列を当てにして若いころ残業して役所に「貯金」してきたためだ。

 この問題を解決するには、年功序列を廃止することが不可欠である。逆にいえば、年功序列を廃止すれば天下りの必要はなくなる。年次が昇進に関係なくなれば、必要な業務にその能力のある官僚を配置すればいいので、50代の係長もいれば30代で局長になる人がいてもいい。年次をそろえるために「パズルのように複雑」といわれる官房秘書課の人事業務も格段に楽になる。キャリアとノンキャリアという区別も、実は法律には定められていないので、廃止するのが当然だ。

 年功序列の起源については諸説あるが、戦前は官僚も年功序列ではなかった。軍は明治期から年功序列と陸軍大学の成績で階級が決まっていたので、その影響ではないかと考えられる。このように厳格な年功序列をとっている組織は、世界的にみると軍以外にはない。日本経済が成長していたころはポストが増えていたので、能力がなくても昇進する制度は維持できたが、今は官民ともにそういうシステムは維持できない。

 しかし戦後ずっと続いてきた人事慣行をやめることは、天下りを廃止するよりはるかにむずかしい。このため民主党政権は年功序列には手をつけず、天下りだけを禁止して交流センターを廃止してしまった。このまま官僚が省内に残って審議官や参事官などがたくさんできると、ただでさえ多重化して効率の悪い役所の意思決定がますます遅くなり、天下り先の外郭団体は新たに幹部を採用するので、総人件費は膨張する。

 天下りは年功序列というゆがんだ人事制度の結果であり、原因を直さないで結果だけをたたいても、根本的な解決にはならない。「能力主義の徹底」は国家公務員法にも明記されているので、それを具体化して年齢差別を禁止し、入省年次を昇進の基準にすることを禁じてはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 6
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 7
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    日本では起こりえなかった「交渉の決裂」...言葉に宿…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story