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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
消費税の引き上げはもう先送りできない
政府・与党の消費税についての議論が迷走している。菅直人財務相や仙谷由人国家戦略担当相は、参院選のマニフェストに消費税の引き上げを明記する方針を示唆しているが、民主党の小沢一郎幹事長は「無駄の削減が先だ」と難色を示し、結論が出ていない。菅氏は「さらに議論が必要だ」としており、時間切れで選挙後に先送りになる可能性も強い。
「無駄の削減」には誰も反対しないので、選挙向けのスローガンとしてはいいのだろうが、それだけで財政は再建できない。今年の事業仕分けでも、対象になっている歳出は2兆円程度で、実際に節約できるのは数千億円とみられている。92兆円を超える歳出の中では、焼け石に水である。避けられない増税をマニフェストに入れないのは、有権者をあざむくものだ。
日本の財政状況について視察したIMF(国際通貨基金)は19日、声明を発表したが、この中で次のように提言している:
日本経済は循環的な回復局面にあるので、消費税を徐々に上げて財政再建を2011財政年度に開始すべきである。公的債務を安定化して削減の道筋をすけるには、財政支出の抑制も必要である。プライマリーバランス(基礎的収支)と債務に目標を設定し、それにもとづいた財政ルールを採用することは、財政再建へのコミットメントを強めるだろう。
IMFが、このような内政干渉とも受け取られかねない提言を先進国に対して行なうのは異例である。欧州の財政危機でも、IMFはギリシャなどへの介入に最初は慎重だったが、ここにきて問題が全世界に波及しかねないため、日本にも強く警告したのだろう。日本の財政危機は日本だけの問題ではなく、まして民主党の選挙対策の問題ではない。小沢氏は、問題の優先順位を取り違えているのではないか。
こういうとき「選挙で負ける」というのが恥ずかしい政治家が持ち出すのが「不況のとき増税すると景気が悪化する」という言い訳だが、これは嘘である。18日の財政審議会で井堀利宏氏(東大教授)が指摘したように、1997年に消費税率を上げたことで「景気が腰折れした」という俗説は、実証研究では棄却されている。
97年4~6月期に消費が落ち込んだのは、1~3月期の駆け込み需要の反動で、7~9月期には回復した。98年1~3月期に大きく落ち込んだのは、97年11月の北海道拓殖銀行や山一証券の破綻を発端とする信用不安が主要な原因である。長期的には、増税によって財政が健全化するという信頼感が高まれば、人々が消費を増やす効果もある。
IMFの声明は、もう一つ不気味な警告をしている。「邦銀が膨大な国債を保有しているため、彼らの金利リスクが高まっており、資本増強と収益力とリスク管理の強化が最優先である」。これは紳士的な表現で、日本国債の暴落するリスクを邦銀が織り込んでいない可能性を指摘したものだ。日銀からゼロ金利で借りて1.3%の国債を買う「ノーリスク」の鞘取りがいつまでも続けられるはずがない。
日本経済が1997年に似ているのは、問題の先送りが限界に来ているという点だ。当時も邦銀のほとんどが債務超過状態だったが、「まさか大蔵省が銀行をつぶすはずがない」という信仰によって、不良債権の処理を先送りして資産価格の上昇を待っていた。そういう信仰が拓銀・山一の破綻で打ち砕かれると、極端なクレジット・クランチが起こった。
日本の役所も業界も横並びのコンセンサスで動くので、ぎりぎりまで問題を先送りし、破綻が顕在化したらパニックに陥る傾向が強い。しかし97年の経験でもわかるように、パニックになってから対策をとるのはきわめてむずかしい。火事になってから防火対策をとっても遅いのである。まだ長期金利が安定しているうちに財政再建に着手しないと、今度は銀行だけではなく財政が破綻して、取り返しのつかないことになる。IMFも2011年と期限を切っているように、政府に残された時間は少ない。
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