コラム

「郵政国有化」で空中分解する鳩山政権

2010年03月25日(木)14時25分


 もはや政権末期の様相を呈してきた鳩山内閣だが、24日に亀井金融担当相と原口総務相の発表した「郵政改革法案」には唖然とした。これはゆうちょ銀行の貯金受け入れ限度額を2000万円に引き上げようというものだ。郵政選挙のとき、次のように主張したのは誰だったのか。


現在の郵便貯金の預け入れ限度額は1000万円です。ご存知の方も多いと思いますが、昭和63年から平成3年にかけて、預け入れ限度額が立て続けに300万円から、500万円、700万円、1000万円と引き上げられました。どうしてでしょうか。それは、政府に渡すお金の量を増やすためだったと言っても過言ではありません。

だからこそ、その預け入れ限度額を元通りに引き下げれば、郵貯・簡保に集まるお金は確実に減り、政府にわたすお金の量も確実に、しかも間違いなく少なくなります。これが民主党の基本的な考え方です。

 これは2005年9月1日付の民主党メールマガジンに書かれた、岡田克也代表(当時)の「郵政正常化」についての方針である。小泉首相の掲げた郵政民営化に対抗する苦肉の策という面もあったが、専門家には評価する意見も少なくなかった。300兆円もの資金量をもつ巨大銀行をつくることは、日本の「オーバーバンキング」のゆがみを拡大する懸念もあり、郵貯は民営化より縮小が本筋だという意見も有力だった。

 ところが今度の「郵政改革案」は、かつての岡田代表の言葉を借りれば、郵貯を膨張させて「政府に渡すお金の量を増やす」ことによって国債を買い入れ、資金を「民から官へ」移動させる政策にほかならない。この背景には、政府債務が膨張して国債が民間で消化できなくなる事態にそなえて郵貯で国債を買い支えようという側面もあるようだ。

 しかし、すでにゆうちょ銀行とかんぽ生命の資産の8割(200兆円以上)は国債で運用されており、これ以上、国債の保有額を増やすのは危険である。郵貯は「政府から1円も援助を受けたことがない」というのが自慢だが、それは財政投融資の時代に大蔵省から金利補助を受けていたためだ。今後、財政危機が深刻化して長期金利が上昇(国債価格が暴落)すると、数兆円の含み損を抱えるリスクがある。

 おまけに亀井氏は日本郵政の非正規職員20万人のうち「10万人を正社員にする」という構想をぶち上げた。これによって人件費は単年度で4000億円ふくらみ、昨年3月期の純利益4200億円がほぼ吹っ飛ぶ。亀井氏は郵便局の整理・統合も撤回し、「ユニバーサルサービス維持のために消費税(5000億円)を免除しろ」と要求しているが、金融部門で損失が出たら、公的支援はその程度ではすまない。「金融社会主義」のコストは、結局は納税者に回ってくるのだ。

 この郵政国有化案に対して鳩山首相も仙谷国家戦略相も、「聞いていない」と異論を唱えた。閣僚が記者会見で発表した政策を首相が否定するのも異例だが、亀井氏は「首相の了解を得たことだ」と譲らない。彼の案は衆参わずか6名の国民新党が、唯一の支持基盤である特定郵便局長会に迎合して生き残ろうという露骨な選挙戦術である。このまま放置すると彼の暴走はますますエスカレートし、「尻尾が胴体を振り回す」どころか、政権を空中分解させるおそれが強い。首相もいい加減に亀井氏を切る決断をしたほうがいいのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story