コラム

行政刷新会議の「事業仕分け」は順序が逆だ

2009年11月12日(木)17時09分

 概算要求が史上最大規模にふくらんで窮地に立たされた民主党政権が、予算を削減する目玉として開いたのが、行政刷新会議だ。その事務局長には、東京財団理事長の加藤秀樹氏が起用され、彼が地方自治体でやってきた「事業仕分け」の手法を取り入れることが決まった。その事業仕分けが11日から始まったが、多数の「仕分け人」が被告の官僚を弁護人もなしに裁く「人民裁判」は、怒声の飛び交う大混乱となった。

 以前のコラムでも書いたように、政権の「司令塔」となるはずだった国家戦略室が開店休業状態のまま、各省庁が従来の予算に民主党がマニフェストで約束したバラマキ福祉を上乗せして概算要求を出したため、10月に出た概算要求は95兆円を超え、金額の明示されていない「事項要求」を含めると98兆円近いともいわれる。藤井財務相は、これを92兆円まで削減するとしているが、初日の「削減額」は500億円。このペースでは到底、目標を達成することはできない。

 この原因は、もともと地方自治体の赤字削減の手法だった事業仕分けを、ほとんど準備期間なしに国の財政に持ち込んだことにある。地方行政の目的は身近な公共サービスで、経費のほとんどは経常的なものだから、事業仕分けはサービスの効率という単純な基準でできる。ところが国の一般会計では、たとえば診療報酬を削減するかどうかという問題は、医療政策についての議論ぬきに答が出るはずがない。鳩山首相の専攻した最適化理論の言葉でいえば、目的関数なしに費用最小化問題を解くことはできないのだ。

 だから大きな無駄を削減するために必要なのは、まず政権のめざす目的を設定し、そのために何が必要で何が不要かを決める制度設計だ。たとえば農水省は昔から「役所そのものが無駄だ」といわれているので、これを廃止すれば3兆円の予算が浮く。そういう長期戦略なしに個別のハコモノ予算を「利用実績が少ない」などという基準で削減しても、切れるのは枝葉だけだ。

 国家戦略として重要なのは、現在の省庁体制や公務員制度などの「国のかたち」の改革である。現在の1府12省庁の体制ができたのは2001年だが、これは当初は橋本政権の行政改革の一環として始まったものの、官僚の抵抗で骨抜きになり、1府22省庁を合併して看板を掛け替えただけに終わった。公務員制度改革も、自民党時代に法案提出までこぎ着けたが、政権交代で消えてしまった。

 もちろんこうした大改革には時間がかかり、政治的にも容易ではない。しかし少なくとも民主党政権がどういう国のかたちを目指しているのかという目的関数がはっきりしていれば、何を削減すべきかという戦略も決まる。せっかく国家戦略と銘打つ組織をつくったのだから、それを生かすのは鳩山首相のイニシアティブである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story