コラム

零下10℃下の門前払い

2012年12月30日(日)08時04分

 12月25日。クリスマスなのに、近所にあるちっぽけな店で昼ごはんの蘭州ラーメンをすすっていたわたしのところに、友人の中国メディア記者(仮に「陳さん」としておく)から電話が入った。
 
「今、日本大使館の前にいるんだけど、これから新大使到着の記者会見があるの。でも日本メディア向けらしいから、電話であなたに聞いてもらって通訳してくれない?」
 
 会見場から電話で通訳? なんという斬新な発想!と驚いたが、そういえば陳さんは今年10月に外務省アジア太平洋局長が訪中した際、空港での「ぶら下がり」取材に行ったがすべて日本語で、慌てて「周囲の日本人記者に尋ねたけど教えてくれなかった」と、わたしと会食した時に口を尖らせたことがあった。念のため、彼女はもともと英語で大学院を卒業し、以前西洋メディアで働いていたくらい、英語は流暢である。
 
 その後「かけ直す」と言って電話を切ったもののかかって来なかったので、通訳付きの会見だったのかな、と思っていた。しかし、1時間ほどして電話を入れたら「会見に入れてもらえなかったの」と残念そうに言う。だが、「中国新聞社」(国営通信社)、「人民網」(中国共産党中央委員会の機関紙「人民日報」傘下のネットサイト)、「法制晩報」(中国共産主義青年団北京市委員会の機関紙「北京青年報」傘下の新聞)の記者たちが入場するのを見たのだそうだ。
 
 ご覧のとおり、これらはすべて中国政府と関係の深いメディアである。もちろん、中国では完全に民間でメディアを起こすことは法律上できないので、どこのメディアも少なからず政府機関や省庁との関係を持っており、その詳しい状況は以前、「『官報メディア』vs『市場型メディア』〜現代中国メディアの読み方おさらい」でも書いた。その中からその取材力で読者を引きつける市場型メディア、つまり政府に近い職場での定期購読ではなく、町中の新聞スタンドで人々が買っていくようなメディアの一つに陳さんは所属している。
 
 北京はこのところ日中でも気温はマイナス10℃前後だ。その寒さの中で新大使就任の噂を聞きつけて取材にやってきた記者たちに大使館が門前払いを食わせるとは、なかなか冷たい仕打ちである。さらに彼らはそこに入っていく他メディアの人間をしっかりと目にしたのだから、不快に思わないはずがない。
 
 御存知の通り、今年日中関係は過去最大の波に襲われた。それを「危機」と日中両国で呼んでいる人も少なくない。デモや暴動の現場を取材して衝撃を受けたのも日本メディア関係者だけではない。もちろん、中国政府がメディア報道を規制しているために、現場の「衝撃」はマスメディアにはほとんど載らないが、そんな中でも在中の日本企業が受けた被害を苦労して取材して手を変え品を変え、政府の規制をすり抜けて報道した記者はいる。
 
 そんな時だったから丹羽元大使が早期退任、その後任だった西宮伸一新大使が赴任直前に急逝、その後木寺昌人氏が大使就任へ、という動きには中国メディアも当然注目していた。今年これだけのことがあった日中関係だからこそ、ここで新大使の第一声を取材したいと思うのは当然だろう。我々在中日本人にとっても、こういう新しい動きを利用して事態を少しでも良い方に向けて欲しい、そういう思いがある。
 
 だが、実際に現場に駆けつけた中国メディアの多くが、新大使の就任会見の場に入れなかったわけだ。
 
 そこで中国メディアで日本のニュースを担当する、知り合いの記者複数(10人よりは少ない)に今回の大使就任会見に行ったか、あるいはその情報を知っていたか、もし知っていたら行ったか?と電話で尋ねてみたら、「実際に行った」が3分の1、「事後に知ったが事前に知っていたら行った」が3分の1、そして「知っていても行かなかったはず」が3分の1と、答がきれいに分かれた。分かれた理由を後でよく見直してみたら、新聞やテレビのように日常ニュースを扱うメディアが「実際に行った(が入れないかった)」と答え、そして逆に「知っていても行かなかった」のは、日常ニュースよりも特集記事が中心の雑誌などのメディアだった。だが、週刊誌の中にも「事前に知っていたら行った」と答えた記者はいた。
 
 彼らの話を総合し、また在中の日本メディア関係者の話を聞いてから、日本大使館で広報を担当する文化広報センターに問い合わせたところ、文化広報担当の三上正裕公使に直接お目にかかって質問する機会を得、こんな答が返ってきた。
 
************************
 
三上「あれはもともと、責任を負っている日本の国民に赴任を報告する意味で一言欲しい、という日本メディア向けだったので、『会見』というより『ぶら下がり』という分類でした。ですが、すでに大使着任日について報道されていましたから、それで当日やってきた中国人記者も多かった。大使館のセキュリティの関係で事前登録をしていない記者を入れるわけにはいかなかったのです」
 
――ふーむ、責任を負っている日本国民への挨拶も必要でしょうが、今年は日中関係はいろいろありましたし、大使の人選もごたごたした中でやっと現地に着任なさったのですから、これから向き合っていく中国の人たちにも「よろしく」と挨拶する必要は感じておられないのでしょうか? たとえば、近いうちに中国あるいは西洋メディア向けに就任会見を開くご予定は?
 
「予定は今のところありません。実のところ新大使は出発前にすでに東京で記者会見を開き、そこには日本メディアだけではなく、日本に記者を置く中国メディアも参加し、出た質問にもお答えしました。ネットで検索していただければ、その時の記事が出てきます」
 
――ですが、日本に記者を置いている中国メディアと言えば、ほとんど全部が政府系メディアですよね? そして今回の現地での会見に参加したいとやって来たメディア、少なくともわたしが話を聞いたメディアさんたちはいわゆる「市場型メディア」で、日本に常駐する記者を置くほどの資金力はありませんが、中国ではそれぞれの確固たる読者・視聴者を持っています。せっかく現地入りしたのだから、現地でしか触れることのできない彼らにアピールする必要はないのでしょうか?
 
「実のところ、中国のメディアさんたちは集まってもらうスタイルの記者会見よりも、単独インタビューを好むようです。現実にすでに木寺大使への単独インタビュー申し込みが10件以上来ていまして、年明けから手配を始める予定にしています」
 
――記者会見よりも単独インタビューが好み? でも、実際に記者会見に参加したい、と集まった記者さんたちがいたわけですが? 聞くところによると、丹羽大使の退任会見も日本メディアのみを対象にしたもので、中国メディアには連絡が行かなかった。また、今年大きく揺れた日中関係のさなかにも多くの特使や要人が訪中しましたが、その方々が中国メディアに向けた会見も開かれなかった。実際にある市場型メディアの日本担当記者さんは、「日本大使館からは、プロモーションや何かの契約締結式のような、『宣伝してほしい』話題以外の記者会見の連絡を受けたことがない」とおっしゃっています。
 
「ご理解いただきたいのは、尖閣といったセンシティブな問題は我々が会見して中国メディアに伝えても、そのとおりに書いてくれることがあまりありません。ひどい時は内容を変えられたり、こちらの言ったことの言葉尻を捉えたような報道をされる。もちろん、それは記者個人にはどうすることもできない事情がありますが、我々の言いたいことが一般の中国人に伝わらない。なので一同に介した場よりも個別に対応したいと思っています」
 
――その「個別に対応」というのは、日頃から大使館は積極的にそういった記者たちに接触している、ということですか? 先程も言いましたが、わたしが話を聞いた記者たちは「大使館から声がかかったことがない」と言っていましたが。それとも「記者の方から連絡してきたら対応する」という意味でしょうか?
 
「そうです、連絡をくれるところには対応しています。いわゆる市場型メディアというところとも複数接触しています、(現場の記者ではなく)上層の方々とですが。大使の着任については、大使館の微博(中国産マイクロブログ)アカウントでも触れています」
 
――微博の運用についてもお尋ねします。9月に激しい反日デモが起こっている最中に、大使館の微博アカウントが何事もないかのように、「マリモ」や「鶴岡八幡宮」の紹介をしておられましたが、あの時さすがに中国在住の日本人からも抗議のコメントが寄せられていました。ご覧になりましたか?
 
「コメントには目を通しています。ですが、微博アカウントで政治的、あるいはセンシティブな問題を取り扱うことが効果的かどうか、今ははっきりと言える自信がありません。そういうことを書くことで離れていくフォロワーさんもいらっしゃるかもしれませんし。微博では政策論争ではなく、日本に関する情報や現実の姿、日本の良い所や魅力を伝えて親しみを持ってもらおうと思っています」
 
――ですが、さきほど「中国メディアはこちらが言いたいことを書かないから、一般の人に伝わらない」とおっしゃいました。ならば、「直接書き込める」微博でなぜ「こちらが言いたいこと」を伝えようとしないのですか?
 
「微博も一般の人がやっているわけではありませんし...」
 
――ちょ、ちょっと待ってください、微博は今や4億人が使っているんですが、そのユーザーは「一般の人」ではないんですか? となると、あなた方が考えておられる「一般の人」とはどういう人なんでしょうか? 中国メディアで伝えられない、微博でも伝えられない、というのであれば、大使館は中国で、どこの、誰に、どんな情報を伝えたい、とお考えなのでしょうか?
 
「......」
 
――微博でこちらの主張をしても効果がないかも、と言いながら、ならばなぜ日本の良い面や文化を伝えることは効果があるとお考えなのですか? 「中国のメディアは記者会見に興味がない」とおっしゃいましたが、大使館の入り口に詰めかけた記者さんたちを見ても「興味がない」とお考えですか? 中国メディア向けに日本の要人記者会見をやったこともないのに、なぜ「効果がない」と言い切れるのですか? あなた方が現地で中国メディアに向けて広報しなくて、誰がするのでしょうか?
 
「......」
 
************************
 
 さすがに最後はカッとなってしまったことを、ここで認めよう。だが、少なくともわたしは「記者会見に参加したかった」という複数の中国メディア記者の声を聞いている。そんな彼らの言葉を伝えたいと思った。また、「日本大使館の微博アカウントは、本当に伝えることを伝えていない」という在中日本人の声も知っている。日本政府を代表するはずの在中大使館が、罵詈雑言を恐れて背筋を伸ばして発信しなければ、今回の騒ぎで少なからず影響を受けた、在中の民間日本人はどうすればよいのだ?
 
 実のところ、「こちらの言いたいことが伝わらない」と言いながら、日本大使館は新大使の会見を東京で開かれた記者会見に出席した、中国政府系メディアの報道に任せた。そして、大使到着後の会見(ぶら下がり)の場にも、なぜだか政府系メディアばかり事前に申し込み登録しており、入場できている(陳さんは前日に問い合わせの電話をしたが、その時には「出席申し込み登録」といった話は一切出なかったそうだ)。
 
 そしてさらに、大使館のホームページにあるメディア報道のページに、中国語による新大使着任報道のリストがあるが、そこには日本メディアの中国語サイト記事のほかは、すべて政府系メディア、あるいはその傘下メディアばかりが並んでいる(以前の大使及びその他に関する記事は全て消されているのか、見当たらない)。当然のことながら、これら政府系メディアは中国政府を代弁するメディアであり、最も「我々の言いたいことを伝えてくれない」類に属するメディアなのである。
 
 だからこそ、市場型メディアの日本担当者から「日本大使館は政府系メディアとばかり付き合わず、もっと日本のことを知ろうとしている、市場型メディアの記者たちに向けても積極的に情報発信、取材の場を作って欲しい」という声が上がっている。大使館広報担当の言葉とは裏腹に、日本大使館は政府系メディアばかりを優遇していては、市場型メディア担当者の印象は悪くなるこそあれ、良くなることはないだろう。
 
 ともかく、木寺大使は着任の第一声を、「広く」「情報を求めている」市場型メディアの読者へと発信するチャンスを失った。次のチャンスは来月に手配されるという単独インタビューだ。熱心な情報を求める、幅広く理性的な読者を持つ市場型メディアにどれだけその門戸が開かれるのか、中国メディアを使った情報発信のカギを開くことができるのか、そこにかかっている。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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