コラム

尖閣と靖国:対日強硬策最終ラウンド

2012年10月20日(土)14時56分

 うーん、だんだんさすがに反日デモ関連のことばかり書くのも飽きてきた。というか、すでに街は表面的には日常を取り戻している。一部ではばらまかれた「反日」の種子は残っていて、個人的なネチネチに遭遇した人はまだ続いており(でもわたしは個人的にはまだ経験してない)、政治的にもカタがついたわけではないので、企業や国体へのカウンターパート向け嫌がらせは続いている。が、それでも北京などの大都市での生活は相対的に日常に戻った。

 国慶節休暇明けに半年ぶりくらいにばったり会った友人の一人は、ニッコールの巨大ズームレンズを取り付けた、ニコンの一眼レフカメラを手ににっこり笑った。「やっと買えたんだ。9月にどこの店に行っても『置いてない』って言われてさ。あいつら、あほじゃねーの、損するのは中国人なのに」と言った。尋ねると、合計で「4万元弱」、つまり60万円くらいしたそうだ。彼の趣味が写真というのは初めて知ったが、本当に嬉しそうにその昼間わざわざ郊外に行って撮ったという写真を見せてくれた。

 彼はこう続ける。

「日本製品がおれたち中産階級の人間にとって、コストパフォーマンスからいって一番手ごろなんだよ。そりゃヨーロッパブランドに憧れないわけじゃないけど、お値段的に無理。その点、日本製カメラは品質だってすげぇ」。30代後半の彼はミュージシャンとして、きちんと家族も食わせることが出来ている。

「日本製品ボイコットしたら、俺たちの手元にナニが残るよ? 中国製なんてお話にならない。だけど、ライカも別の意味でお話にならない。それでどうやって日本製品をボイコットしてまともな生活ができるわけ? 得をしているのは日本だけじゃない。俺たち消費者だってきちんと商品代を支払ってんだから」。いつにもまして、彼は饒舌だった。もしかしたら、わたしを元気づけようとしてくれているのかもしれなかった(別に落ち込んでいたわけじゃなかったけれど)。

「去年日本で大地震が起こった時だって、いろんな部品の供給が止まって困ったのは日本企業だけじゃない、中国の工場にも大きな影響が出た。部品だけじゃない、流通が止まってぼくら自身の生活にも影響した商品もある。つまり日本製品には自給できないものがいっぱいある。そんなことをすっかり忘れて、なにがボイコットだ」

 中国人は面白い。日頃は酒、タバコ、音楽で軽口しか叩かない彼が、カメラ一つでこんなにおしゃべりになった。彼はそう言いながらも大事そうに新品のカメラを撫で回していた。

 実のところ、8日間に渡る長期休暇を経て現実の生活に戻った中国人の中からまだ匿名だがいろんな意見が飛び出し始めている。わたしが今回また反日デモ余波を書こうと思ったのも、17日の安倍晋三・自民党総裁、18日の議員複数の靖国神社参拝に対する中国政府の反応と、それを伝えるニュースに対する中国人読者のコメントがとてもシニカルだったからだ。

 閣僚まで参拝した18日夜の海外ニュース番組では、それこそ長々と時間をかけて靖国参拝を取り上げていた。だが、「9月の尖閣国有化に継ぎ、今度は靖国参拝! 日本はナニを考えておるのだ!」と燃え上がるかとおもいきや、19日の時点でネットニュースなどを見ても「国有化」は相変わらず特別ページがたったままだが、靖国参拝については国際ニュースの一本として別枠で流れているだけ。

 中国外交部の定例記者会見でも洪磊報道官が、「日本は歴史を反省、正視すべき」「中国人の感情を尊重しろ」といった、これまでに使い古されてきた言葉を大げさに繰り返すだけだった。ニュースサイトには「もう耳にタコができた」「外交部はヒステリックに騒いで哀れみを乞うことしかできないのか」「外交部なんてお上が決めたことを宣伝するだけの役所。何も決められないくせに」「中国政府こそもっと歴史を正視しろ」「ソフトパワーとハードパワー、そしてそれをきちんと発揮できる実力を備えてから言えば?」という痛烈なコメントが繰り返し書き込まれている。

 さらにもう一つ、外交部は今回の靖国参拝についてのコメントで、一言も今回の「釣魚島」国有化騒ぎを織り込まず、別の質問に個別に答えるという形式をとった。「軍国主義」「戦争の歴史」「反省」など靖国神社問題で必ず使う単語は、常に尖閣諸島問題でも共通して使い回されてきた。しかし、彼らは今回、明らかにそれらを混用することを避けた――つまり、外交部は民間の一部でまだくすぶっている「尖閣国有化」問題と「靖国参拝」を結びつけることを意図的に回避したのだ。

 これは明らかに、「日中領土外交のデッドライン」でも書いたように、政府がこれから収束に向かわせるつもりの騒ぎを再燃させるつもりはない、ということなのだろう。ある意味、21世紀の今になって領土問題と歴史問題、これまで中国がさんざん噛み付いてきた日中間の懸念事項は政治の道具「だけ」に成り下がったようだ。これは今後対中策を考える上で非常に興味深い。そして「聞かされる」側も「これは結局ただの『定例事項』なのだ」と気づいている。

 中国はやはり11月に発足する習近平体制に向けて、胡錦濤体制の後片付けに入っている。そこでは文字通り「立つ鳥、あとを濁さず」と、文字通り「新しい体制」の「新しい1ページ」のためにこの「反日」騒ぎをある程度まで落ち着かせるための画策を練っている。だから、ここで尖閣国有化と靖国参拝を結びつけて人々を煽るのを避けたいのだ。

 だが、「ある程度落ち着かせる」は「なかったことにする」ではない。習近平新体制になっても日本に対して睨みを効かせる必要がある。特に尖閣は今回、日本政府の直接管理下に置かれた。現時点では野田政権による「据え置き論」維持のための消極策でしかなかったとしても、今後石原氏のような政治家が政権を握るかもしれない。そうなれば国が自由に采配を振ることができるようになった尖閣を利用して中国を牽制しようとするはずだ。それを中国は警戒し続けなければならないからだ。逆に日本にとっても政権がころころ交替する現状において、この「尖閣国有化」は実は据え置き論維持の解決策などではなく、地雷を抱え込んだことになる。

 中国政府にとって、今回の安倍晋三氏の靖国参拝は「民主党に代わる自民党政権」を本当に歓迎すべきかどうかの判断材料になったはずだ。安倍氏は小泉時代に悪化した日中関係を改善すべく首相就任後に時を置かずに中国を最初の公式訪問国に選んだことが、中国では「友好的」と受け取られてきた。たいしたコミュニケーションを取らず尖閣国有化を進めた民主党政権よりは、長年のパイプを持つ自民党総裁に中国政府は「期待」を感じていたはずだ。

 だがその安倍氏が「総理前」に靖国を参拝した。これがどう中国政府内で評価されるか。一部では「総理前に参拝する」のは中国政府と自民党の暗黙の了解だったという声も流れている。だが、中国の対日強硬策下で平気な顔をして参拝したことが「安倍『首相』は危険」と判断されれば、中国は今後、「愚鈍だが中国には実害のない」民主党政権延命に向けて、1カ月を切った「X-day」までに対日強硬策のハードルをぐぐっと下ろしていくかもしれない。

 つまり、日本が尖閣という爆弾を国有化したために、中国は安倍氏の靖国参拝をそう簡単に見過ごせなくなった可能性もある。官製反日デモやその後の締め付けなど中国が「挙国煽り体制」で振り上げた手をこれからどこにどう下ろすのか、わたしは「高みの見物」を決め込んでいる。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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