コラム

文化交流の本質とはなんなのか

2012年05月30日(水)13時46分

 先日、ツイッターで誰かが「海外で日本の家電製品や車のようなハードが評価されていた時代はもう過ぎた。これからはソフトだ。今や日本が海外で誇れるのはアニメやラーメンのような文化だ」とつぶやいていて、がーんとショックを受けた。

 確かに。

 アニメはもうさんざん報道されているし、麻生太郎氏が外相を務めた頃にも「最重点文化プロジェクト」とされたのでご存じの方も多いだろうが、北京の街ではここ1年ほどで目を見張るくらいラーメン店が増えた。なぜだかはよく分からないが、2010年に2か月間日本に滞在して帰ってきた、ジャーナリストの安替がさんざん「日本のラーメンはうまい!」と騒いでいた頃は、日本滞在経験がある人以外の一般中国人がラーメンについて語るのをとんと聞いたことがなかった。

 なのに、数日前にその安替を中心に中国人ツイーター(ツイッターユーザー)の間でラーメン談義が展開されていて、応答する人たちは「北京のどこのラーメン屋がうまい」というこだわりをそれぞれ持っていた。わずか1年余りでこれは驚くべき変化である(「ラーメンって中国から来たもんだろ」などといまだに考えている読者がいるかどうか分からないが、日本の「ラーメン」と中国の「拉麺」はもって非なるものであることをここで念のために強く主張しておく)。

 震災後に日本への旅行ビザが緩和されてまだ1年経っていないし、その前からビジネスや団体旅行で日本に行ったことがある人がいるとしても、全人口から見ればまだまだほんの少数だ。だが、数年前には中国人経営の日本料理店にも石を投げつけられたという激しい反日デモが起こった土地とは思えないほど、ラーメン屋が繁殖している。今ではわりと大き目のショッピングモールには必ず一軒、と言ってよいくらいラーメン屋(+もどき、あるいはラーメンを出す店)がある。そしてそこで食べたことのある人たちは、それが「拉麺」と書いてあっても「日本の食べ物だ」と認識している。

 1972年に日中の国交が樹立して以降、日本製の家電や車は長い間、中国では「日本イメージそのもの」だった。当時の日本は高度経済成長のさなかにあり、日本製の家電や車は世界中で注目をされ始めていたときだったから、計画経済下で収入すら国に規制されていた中国の人たちにとって高嶺の花で、また国交樹立の政治的な友好ムードもあって憧れの的と位置付けられた。当時は日本映画も多く紹介され、高倉健、倍賞千恵子、山口百恵などの当時のスターが人々の脳裏に刻まれた。それは「豊かな異国ニッポン」の象徴だった。

 その後90年代になって市場経済が叫ばれ、一部に経済的に豊かな人たちが生まれ、住宅の売買が行われ、民営企業がお金を儲けることが許されるようになったころ、その経営者の一人であるわたしの友人は新しいマンションを買ってこう言った。

「家電や車は予算に合わせる。最低レベルで中国製、ちょっぴり余裕があるなら韓国製、コストパフォーマンスはこれで十分。でもぼくらの世代(60年代生まれ)にとってはできれば日本製がいいな、壊れにくいから。そしてもっとお金持ちなら欧米製の高級品がカッコいい」

 これは90年代後半から2000年代前半において中国の一般家庭に共通する概念だったと思う。それが2000年代後半になって崩れ始めた。今や中国製品のランクが大きく広がり、前述の「最低の中国製」から「壊れない日本製」のランクを大きくカバーするようになった。さらに韓国製品も前述の「コストパフォーマンスの韓国製」から「壊れない日本製」まで覆っている。人々は「日本製は高いから、韓国製や中国製で十分」と考えるようになり、一方で日本製品が前述の「欧米製の高級品」のランクを侵食しているようには見えない。つまり端的に言えば、(市場全体は経済的な発展により拡大しているので売り上げは伸びているはずだが)日本製品のシェアはそれほど伸びていない。

 これはまた世界的な家電や車の販売シェアの伸び悩みとほぼ同じだ。つまり今や中国には世界におけるトップ人気商品が入ってくるようになり、人々も海外の市場動向の情報に直接左右されるようになった。都会でのiPhoneの販売台数は伸び続けているし、Nokiaもシャープもかつての勢いはもうない。こんな時代において、中国全体の家電普及率は日本ほどではないとしても、日本が家電や車を「日本イメージ」として売り続けるのはもう無理があることはおわかりだろう。

 簡単に言えば、中国はもう「取り残された市場」ではなくなっている、ということだ。欧米や日本市場での残滓を中国に持ってきて売り込む時代ではなくなった。中国には中国独自の価値観と需要が育ち、それにターゲットを合せた売り込みが必要になっている。

 わたしはラーメン人気にそれを見た。中国人、とくにもともと小麦食品を主食とする北方の中国人にとって日本のラーメンは受け入れられやすい(一方でコメを主食とする香港ではかつて日本ブームの下、鮨屋が雨後の竹の子のように増えた)。どこの国でも人々は自分の文化や習慣に近いもの、あるいは自分が求めていたものに興味を示す。それを探るのがマーケティングだが、今の中国市場に向けて本当にきちんとしたマーケティングが行われているのだろうか。

 いや、ラーメンのような人気アイテムの爆発は少なくとも中国、あるいは北京在住のほとんどの人が気づいているはずだ。これ自体はなんの秘密でもなんでもない。だが、そこからどれだけ中国人の「日本的なものへの興味」が分析、理解されているのか、が問題なのだ。

「上海で日本人気のもとになっているのは、一に無印良品、二にユニクロだ。あのシンプルさと使い勝手の自由さがウケている」と言ったのは、上海のある中国紙の記者だった。自身は特に日本ファンではないと言いながら、30代の中流階級に属する彼はアニメのような娯楽よりもなによりも、「生活に密接した日本製品が持つ、ユーザーの意志を決めつけないイメージ」がとても気に入っていると語った。

「日本的な緩さ」には日本国内でも賛否両論があるだろうが、これまですべてを「作り手」あるいは「提供する側」が決めつけ、そんな型にはまった「お仕着せ」から選ぶしかなかった中国人には逆に新鮮だという。そう言われて2年ほどたつが、北京でも上海よりは遅れたがそれでも少しずつユニクロや無印良品の店舗が増え始めており、それなりにお客が入るようになった。がちがちで「お仕着せ」だらけの中国にはない「緩さ」、それが自由さを求める都会で歓迎されているのである。

 そんな中国人たちは昨今、日本と言えば何を思うだろうかと、日本のある交流団体の人と話をしていた時に、蒼井そらさんの話が出た。ご存じの方も多いだろうが、蒼井そらさんはアダルトビデオの女優さんだが、2年ほど前にツイッターにアカウントを開いたとき、偶然に中国人ツイーターに発見され、それが口伝で広まって中国人フォロワーを増やした。彼女がすごかったのは話しかけられた中国語を翻訳ソフトを使って解読し、またそれを使って中国語で返事をしたことだ。

 アダルトビデオはもちろん中国では正式に輸入されていないが、海賊版が出回っている。最初はその女優さんと直接言葉を交わせるという驚きと喜びから、そして彼女が「フツーの女の子」っぽい可愛らしい女性であることが話題になってますます注目され、今やツイッターでは(中国人以外を含めて)33万5千人、そしてその後中国国産マイクロブログ「新浪微博」に「蒼井空」の名前で開いたアカウントにはなんと1100万人を超えるフォロワーがいる。

 現在はアダルトビデオからの転身を図っている(?)活動も始めた彼女だが、その注目のされ具合から彼女に目をつける日中交流関係者もいるが、「アダルトビデオ出身」をはっきりと「ネックだ」という人もこれまた多い。だが、だからこそ彼女が乗り越えられた(これまで誰も越えられなかった)垣根、そしてそのパワー、さらには性的な話題にはまだまだカベが高い中国でなぜここまで受け入れられるのか、をきちんと読み解けば、中国人が彼女に見出した魅力がはっきりとわかるはずだ。

 たとえば、面白いことに四大ポータルサイトの網易ネットや騰訊ネットの「女性向けページ」や中国では女性誌「コスモポリタン」(中国語版)に彼女のインタビューが掲載されている。さらにネット掲示板には「なんで女性が蒼井そらを好きなのか?」というスレッドまで立っている。日本人が「彼女はアダルトビデオ出身だから...」などと言うが、明らかに中国の女性たちの間で彼女の「魅力」が注目されているのである。

 そのコメントをピックアップしてみると、まず2010年に起こった、中国の青海省玉樹地震の被災者のために募金を呼び掛けたことが話題になり、初めて彼女を知ったと多くの人が言う。

「心優しい」「思いやりがある」「善良な心を持った人」「出身なんて関係ない、あの募金の呼びかけに感動した。彼女はとてもいい人」という声から、「作品は見たことないけれどとても可愛らしいし、ピュアな人」「正直だし、少なくともウソで固めた中国人女優よりずっといい。自分の仕事を偽らないし、きちんと受け入れているのも好感が持てる」「自分の仕事に誇りを持っている。その態度に感動した」...もちろん彼女を揶揄するコメントもある。しかし、そんな中でも「空空」(コンコン)とか「空姐」(コンジエ、もともとはスチュワーデスの意味)、「蒼姐」と言った愛称で彼女を呼び、大事に思っている人たちの声があちこちにあふれている。

「彼女はアダルトビデオの世界から芸能界入りしたかもしれない。でも日本人にとって彼女は普通のタレントの一人。彼女を仕事のことでばかにしたりすることなく、尊重している。それは彼女個人の選択だから。これこそが我々が求め続けている平等ではないのかしら。わたしは普通の視点で彼女を見守っている。同じ視点で鏡に映る自分を見つめている。一人一人には選択の権利がある。法律が許す範囲において職業の貴賤などないし、人々はみな平等。そういうことじゃない?」

 これは蒼井さんについて知り合いの日本人と意見交換したという中国人女性のブログにあった言葉だ。

 これを見て思うのだ。文化交流とは「モノを売ること」ではない。日本社会が持つ価値観。文化交流の目的とはアニメを売ることよりもなによりもそんな価値観の交流を目指すことではないのか。「家電や車を売る時代」から「ソフトを売る時代」への転換にあって、そういう意味で蒼井さんの存在がこんな日本人社会の姿を中国の人に知らしめていることを考えれば、日本の文化交流のプロたちは日本社会が中国人が求める「何」を持っているのか、そしてそれによっていかに中国人を感動させることができるのかをもっともっと見直して伝えていくべきではないだろうか。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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