コラム
ふるまい よしこ中国 風見鶏便り
中国を消化できない日本メディア
首相就任後の野田氏の訪中計画が二転三転したが、やっと今月12、13日訪中が決まったかと思われた12月初めにまたも延期が発表されたとき、日本メディアの多くが「13日が南京事件74周年にあたるためではないか」という憶測を流していたのに驚いた。いや、すんなり来る理由じゃないか、と日本の読者は思うかもしれないが、お手軽に読者にとってそんな「すんなり」な理由付けをしてしまったメディア(そして、一部には日本の外務省関係者がそう分析したと書いてある)が問題なのだ。
これがもし5年前ならわたしもそれを受け入れたかもしれないが、ここ数年きちんと中国を観察してきたのであれば、今の中国において政府から民間レベルまでそれどころではないことは十分わかるはずだからだ。
まず、民間。最近、中国政府は(まるで民主主義国のように)民間の声に気を使うかのような言説もよく出現するようになった。しかし、実際に昨年秋の尖閣沖における漁船と海上保安庁の巡視船衝突事故をきっかけに起こったデモを思い出すといい。最初は確かに尖閣の事件から始まった。しかし、北京では柳条湖事件記念日当日にデモが呼びかけられたにも関わらず、デモ参加者数は集まったメディア関係者を下回った。さらにその呼びかけが地方へ飛び火するうちに、シュプレヒコールは高騰する不動産価格への不満や官吏の汚職に対する批判に変わり、慌てた当局は情報封鎖によってそれを鎮静させるしかなかった。
その後北アフリカや中東で連鎖的に起こったジャスミン革命は、「次は中国」と世界がささやき始めると、中国政府も警戒感を強めた。そして、インターネット上で海外の反中国政府派が「中国でもジャスミン革命を!」と中国語で煽り始めると、あっという間に国内のネット言論空間で激しい取り締まりが始まった。それは「ジャスミン集会」関連の情報を転送した回数の多さによって具体的に拘留期間が延びるというもので、中国のネットオピニオンリーダーたちは異口同音に「今年は間違いなく中国の言論界において暗黒の一年だった」と断言する。
多くの人たちが連行、逮捕され、今もまだ行方不明、あるいは拘束のままだ。4月に起こった芸術家、艾未未(詳細はこちら)の突然の拘束も事態を見守る人々を震え上がらせた。やっと拘束が解けても監禁、軟禁、監視の中に置かれ、インターネット上での発言が許されるようになった人も以前とはうって変ったように一言一言を注意深く選んで発言する。それらをきちんと読んでいれば、どれほど中国の民間が委縮しているかがよく分かるはずなのだ。
ならば、インターネットの外の人々はどうか。
「今年は天安門事件直後の中国そっくり。あの時のようにみなが移民先を探している」と言ったのは、まだ20代のエンジニアだ。彼らのような高学歴の技術者のもとには毎日のように移民コンサルタントからメールやメッセージが届くという。今年初めの金融引締めにより不動産が値下がりしたと報道されているが、彼らはとっくに不動産購入に興味を失い、移民先を見つけることが第一目標になっている。
すでに不動産を購入した人たちは月収のほとんどを高いローン支払いに充てているというのに、ここにきて不動産が値下がりしていることに不満を感じている。これまでは実質的に売り手市場だった中国の不動産市場において、買い手は「不動産は常に値上がりするもの」というイメージを刷り込まれてきた。歯を食いしばってやっと買ったマンションのすぐ隣に同じ業者が建てたマンションが、自分のそれより安く売られている現実を受け入れられない。開発業者の事務所には怒り心頭のマンションの住民たちが押し掛けている。
それでも銀行はウハウハなのか、と言えばそうでもない。来年は温家宝首相が「4兆元経済振興プロジェクト」をぶち上げた08年以降に地方政府に貸し付けた多くが返済期を迎える。中国では一般に中央政府が呼びかけたプロジェクトであっても、その全予算のうち4分の1しか出さないとされる。残りの4分の3はプロジェクトを割り当てられた地方政府が直接銀行からの借入金で賄うのだが、それでも地方はその4分の1がほしくてたまらず、プロジェクトの誘致に精を出す。
銀行関係者に聞いた話だが、そんな地方政府はほとんどが、利子が安く済むからと最短期間の返済プランを選ぶ。それが3年期、つまり同プロジェクトが本格的に進められた09年から数えて3年目が来年にあたる。しかし、多くの経済アナリストたちが指摘するように、それらのプロジェクトのほとんどは今のところまだ完成しておらず、あるいは収益を得るには至っておらず、当然返済のあてはない。いや一説によると、地方政府の関係者には「返済」の意識はあまりなく、プロジェクトをまず自分の代で完成させて政治的手柄にし、返済は次の代にさせればよい、と軽く考えている節が見られるという。彼らにとって、「金は天下のまわりもの」なのだ。
結局、この地方債は中央政府がぶち上げた大規模プロジェクトのおかげで国有の銀行(の地方支店)が地方政府に「人質」に取られた格好になっており、最終的には中央がすべてかぶることになるのではないか、と言われている。さらには、同プロジェクト発令とともに緩和された銀行融資のおかげで民間にも大量の資金が流れ込んだ。これがここ2、3年の急激なインフレにつながったが、今年初めの金融引締めで今度は資金サイクルが破たんし、夜逃げする企業主や自殺者まで出始めた。いやそれだけではなく、国から優先的にプロジェクト予算を受けることができた国有企業も、それを資金サイクルに大量に横流し、それも焦げ付き始めていることが明らかになってきた。
一方、件の4兆元経済振興プロジェクトには実際に役に立つものは出来上がっておらず、地方都市では放置され、ゴーストタウンのようになった工業団地や別荘地の様子が報道されている。中央政府はこの自らが播いた種をどう収拾つけるか、の厳しい局面に直面しており、今さら74年前の歴史に忸怩する時間的余裕も、精神的余裕も、さらには戦略的余裕もまったくない状態なのだ。12日に開幕した中央経済工作会議でその処置が真剣に話し合われたはずだ、というのは、世界中のメディアの一致した見方だった。
今回の報道の様子からすれば、歴史的トラウマを抱えているのは今や日本のメディアであり、プロとして中国を日々観察して分析、報道する感覚が完全に鈍っていると言わざるを得ない。もちろん、野田首相の訪中は日中間の政治行事であり、日本国内の対中事情、そして中国国内の対日事情を背負って行われることは間違いない。しかし、その情報の要となるメディアが、いつまでもずるずると古くさい意識に覆われ、目の前で起こっていることを消化できずに報道の主導権を握っているという現状は、もっともっと読み手に認識されるべきだろう。
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