コラム
ふるまい よしこ中国 風見鶏便り
ネット焚書の時代
前回のこのコラムで、芸術家艾未未が「和諧」(ハーモニーの意)と中国語で同音の「河蟹」(サワガニ)に引っ掛けて、昨年秋に上海で「上海ガニパーティ」を企画したことに触れた。この「河蟹」は中国でインターネットを利用する若者なら絶対に知っている「ネット暗語」だ。
「和諧」は、現中国共産党主席である胡錦涛が政権を握った2004年に社会不安の元になりつつあった地域や階層間の格差や官僚の腐敗を一掃し、「調和のとれた社会づくりを目指す」という意味の「和諧社会」をスローガンに掲げて以来、人々の口に上るようになった。しかし、大いなる上意下達型の中国の社会体制において、いつしか「調和がとれた社会づくり」は官僚たちにとっての「自分の持ち場で自分が責任追及を受けるような問題が起きないこと」という意に置き換えられ、コトが起きてもその情報が広がる前に当局関係者がもみ消すことに躍起になり始めた。
2004年と言えば、中国では雑誌や新聞が多く刊行され、それまで「鉄碗飯」と言われていた発行元の国営機関の内部購読に頼らず、メディアが独自に読者層を切り広げていこうとし始めた時期と重なる。急速な媒体の拡大は大量の「読まれる」書き手の需要を生み出し、即戦力として目をつけられたのがインターネットの人気ブロガーたちだった。当時インターネットが中国に普及するようになってまだ5年余り、そうしてメディア入りした、若い大卒者たち(中国の大学進学率は今でもまだ30%程度)を中心にネットに慣れ親しんだ人たちが今や経験を積み、中国のメディア界を支えている。
つまり、「和諧社会」の新たな解釈が普及するのと、ネットフレンドリーの若者のメディア入りが平行して進んだ結果、事件や事故の最先端取材をする人たちが見聞きしたことが直接ネットにも流れるようになった。その現場では「官僚のための和諧」、つまりもみ消しが日常的に行われ、そのような行為がインターネット上で揶揄を込めて「和諧」と形容されるようになる。さらに自分の記事やネットへの書き込みがそのもみ消しにあうと、「被和諧」(和諧された)と呼ぶようになった。
「河蟹」はその自虐バージョンといえる。「He Xie」(フー・シエ)という発音が「和諧」と全く同じことから、政治用語的な「和諧」ではなくわざわざ「河蟹」という言葉を使うとき、そこには官僚たちの必死のもみ消し行為をあざ笑う、庶民の気持ちが込められる。だから、それをさらにもじった、艾未未のインターネットを使った「万人上海ガニパーティ」参加呼びかけは大きな注目を浴びたのだ。
インターネットは今や、禁止用語のキーワード検索で管理される。国内の企業が運営する「微博」と呼ばれるツイッターのようなマイクロブログでも、艾未未や劉暁波などの「時の人」の名前を連呼したり、その他「敏感用語」(センシティブワード)を多用すれば、書き込みだけではなくアカウントも何の予告もなく削除される。それをうまくすり抜け、自分が伝えたい情報を伝播させるために、ネット世代は新聞や雑誌では使われることのない書き換え言葉を自由自在に作り上げていく。
たとえば、政府が目をつけた民間オピニオンリーダーや抗議者などには「国保」が付く。この「国保」とは「国」がかけてくれる「保険」ではない、「国内安全保衛支隊」という公安当局の末端監視機関だ。だが、「国保」(Guo Bao)がいつのまにやら「国宝」(Guo Bao)になり、国宝といえばジャイアントパンダ...と、ものものしい公安機関がネット上で「熊猫」(パンダ)と呼ばれるようになった。最近でも前回取り上げた艾未未にかけられた巨額の「脱税」疑惑という「圧力」(Ya Li)を洋ナシの一種「鴨梨」(Ya Li)にたとえ、艾未未の頭上に大きなナシが乗っかった、支援者の手によるイラストも上出来だった。
また今年初めの中東・北アフリカでのジャスミン革命騒ぎの時に、中国でも匿名のアカウントでジャスミン集会が呼びかけられたとき、その集会の詳細情報の伝播を防ごうと国内のサイトでは「今天」(今日)「明天」(明日)といった言葉が禁止用語になり、それを使った書き込みが軒並み「和諧」された。
想像してほしい、「今日」や「明日」と書いただけで削除されるネットとはいったいどんなものなのか......その時に誰かがつぶやいた、「未来のない世界を生きるぼくたち」という言葉は、焚書の歴史を持つ中国の今における最大の皮肉であろう。
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