コラム

「解任」と「異動」の間で

2011年08月20日(土)07時00分

 中国鉄道部の王勇平スポークスマンが8月16日、その職を「解任」された。

 カッコ付きなのは、新華社の英語配信では同氏が「dismiss」されたとはっきり書かれ、日本メディアの多くもそれに応じて「免職」「解任」「更迭」と伝えたが、中国語報道では最初の「停職」「免職」からだんだん「卸任」「離職」「被調離」という表現が増えてきたからだ。これらはそれぞれ「任を終えた」「職を離れた」「異動になった」という意味で、「免職」や「解任」に比べると処分的な意味が薄く、その用語意図は明らかだ。

 王氏は7月末の高速鉄道事故直後の記者会見で追突車両の運転台を潰して埋めた理由についてきかれ、「作業用クレーンの足場作り。信じるかどうかはあなたの勝手だが」と突き放し、また捜索活動を半日で打ち切った後に幼女が救出されたことを「奇跡だ」と形容して、大きなブーイングを浴びた。そんな王氏の去就は事故後ほとんど政府からの発表がない中で最大の「注目ニュース」だった。中国メディアはその意味に注目した。

 同事故については報道規制が出ているものの、一部メディアでは報道が続いている。メディアがまれにみる執念深さを見せるのは、この事故が大きく三つの要素を含んでいるからだ。

 一つ目はもちろん、鉄道事故そのものである。国が巨額の投資を行い、メンツをかけて最新鋭の独自技術を謳って鳴り物入りで開通させた鉄道の、事故後も多くの鉄道関係者が「追突事故なんて起こり得ないはず」と断言するシステムでなぜ事故が起こったのかという疑問。事故後も事件自体に関してまったく情報開示がなされていない点にも、人々は不信と不満を感じている。

 次に現場処理のまずさだった。これは我々も目にした通り、衆人注視のもとで行われた運転車両つぶしや、宙づりになっていた車両を乱暴に引きずり落とすというあまりに粗暴なやり方に、多くの人たちがこれを「二次災害」と呼んでいる。

 そして、三番目が王氏の態度や遺族や負傷者への対応など、鉄道部の事後対応能力の低さである。前述したような言葉をさらりと吐くスポークスマン、そして賠償協議における遺族や負傷者の家族へのアプローチ、そしてその受け入れ期限を設けて賠償内容を差別化した賠償協議や、妊娠中の妻ら家族5人を失い、鉄道部の非を最も声高に叱責していた遺族に居住地域の鉄道チケット専売権を与えるなど賄賂まがいの対応もやり玉に挙がった。

 これらはもともと鉄道部が内部に抱える病根からくるものだが、それにしてもこのようにそれぞれ十分問題な出来事が一挙に三つも重なったことで、人々の怒りが増幅されたのである。実際のところ、高速鉄道「事故」ではなく、高速鉄道「事件」と呼ぶべきだ。

 くだんの王勇平氏は、中国がアメリカを真似て政府機関のスポークスマン制度を創設した2003年に就任した、同部の「初代」スポークスマンだった。その彼がもし正式に更迭されたのなら、少なくとも鉄道部には前向きに事態に取り組む視線があるという意味になる。完全に外部をシャットアウトして行われている事故原因の検証において、これは外の人間が垣間見ることのできる希望の光だ。

 中国にももちろん、「官吏の問責制度」がある。胡錦涛と温家宝の時代に入ってから熱心に推進され、庶民が胡温体制に行政改革を期待し、彼らを好感を持って受け入れた理由の一つだった。

 しかし、03年のSARS騒ぎの際に感染拡大情報を隠していたことで責任を問われて罷免された元衛生部長(衛生相に相当)が、その1年後に山西省の要職に返り咲いていたことが同省で起こった大型の土石流事故をきっかけに明らかになった。また08年のメラミンミルク事件でやはり職を負われた担当管理責任者がわずか数カ月で地方の別機関で昇進していたことも暴露された。そのほか多くの事故や事件で監督不行き届きとされて失脚した官吏たちが、何事もなかったように1年以内に別の地域のニュースに顔を出す......現在の盛光祖鉄道部長(鉄道相)ですら過去一度鉄道事故が原因で職を解かれたが、税関総署副署長に就任したという経歴の持ち主なのだ。

 そして8月17日、後任人事(ハルビン鉄道局の韓江平氏が就任)とともに、王氏が「離職」後も待遇は変化せず、また部内の階級にも変動はなく、国際的な鉄道事業組織である「鉄道国際協力機構」の中国代表としてポーランドに赴任することが明らかになった。

 今、この事件に注目している人たちには「今回もか」と呆れ声とともに政府に対する失望感が広がっている。中国政府はいつまでこんなことを繰り返すつもりなのだろうか。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアと米国、外交関係回復へトルコで27日協議 ラ

ワールド

ローマ教皇、病院で静かに過ごす=バチカン

ワールド

米政権、アフリカ電力整備事業を終了 対外援助見直し

ワールド

ロシア、キーウ州など無人機攻撃 エネルギー施設が標
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほうがいい」と断言する金融商品
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 4
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 5
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 6
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 7
    【クイズ】アメリカで2番目に「人口が多い」都市はど…
  • 8
    「縛られて刃物で...」斬首されたキリスト教徒70人の…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    日本人アーティストが大躍進...NYファッションショー…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 5
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 6
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 7
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story