コラム
ふるまい よしこ中国 風見鶏便り
消された記事
5月1日、「ビン・ラディンが射殺された」というニュースが流れ、世界中がオバマ大統領の正式なコメント発表をいまかいまかと待っていた頃、ホワイトハウスの内部事情を25歳の中国人女性インターンが目にしていた――。先週、こんな刺激的なニュースが中国の英字紙「チャイナデイリー」に掲載され、ネットを中心にちょっとした騒ぎを引き起こした。
記事によると、四川省成都市出身の龔曉思(ゴン・シャオスー)さんが5月初めに「アメリカ政府がインターンとして受け入れた、世界の女性成功者たち26人のうちの一人として」ホワイトハウスに滞在し、そこで「殺害現場の写真をたくさん見てぞっと」し、また「米国政府が写真を発表しなかったことにも注目し」たという。さらに、この26人にはパキスタンからの参加者もおり、「米政府関係者の行為は彼女の気持ちを踏みにじ」り、「パキスタン人インターンがもし過激な人物ならば、きっと報復心を芽生えさせたはず」という龔さんの分析も伝えている。
しかし、この報道に米国事情に詳しいネットユーザーから、「ホワイトハウスでは米国籍のインターンしか受け入れていない。中国籍の彼女はウソをついている」というクレームがついた。さらに、同紙記事では龔さんの「インターン」期間は10日間だったとあるが、一般常識で考えて、わずか10日期限の臨時「インターン」が、アメリカ政府中枢でどうやったら「首脳たちが最終決定を下す様子」を見ることができるのか? さらに彼女自身が「ホワイトハウスは発表しなかった」というほど重要機密の「殺害写真」を「インターン」が目にすることができるだろうか? 多少の分別を持つ人ならだれでも首をひねるだろう。
記事では、龔さんは「成都市の企業家の家に生まれ、17歳で米コロンビア大学に入学し、高級ファッションブランド、グッチのデザイナーになった」という。そして2008年には中国に戻って家業の機械工業ビジネスを継いでから、年間20~30%の成長を見せているそうだ。確かにインターネットで検索すると、愛車ベンツの運転席でにっこりほほ笑む彼女が新聞記事になっていたり、昨年末に中国の雑誌が主催した「グローバル企業家サミット」なるシンポジウムで講演する彼女の姿もあった。
しかし、何かヘンなのだ。急激な経済成長の中で思いもよらぬ人物が出現して世間の視線を集めることがよくある中国においても、なんだかおかしい。その、東アジア文化を学んだというコロンビア大学の経歴も、「グッチのニューヨークのマーケティング部門から抜擢されて香港に赴き、アジアで一番若いデザイナーになった」という話も、その1年後には成都に帰って年商5000万人民元を超える機械メーカーをさらに成功に導き、60年代や70年代生まれの世界各国の女性リーダーたちに交じって「ホワイトハウスでインターン生活を送った」という話も、よくできてはいるがあまりにも脈絡がなさすぎる。そこにウェブユーザーたちが食らいついた。
すると出てくる、出てくる...「グッチの最年少デザイナー」と最初に報道した新聞社が「グッチ本社に事実確認せずに記事を流した」ことを謝罪した記事、「コロンビア大学の卒業者名簿には彼女の名前はない」というタレこみ、さらには国産マイクロブログアカウントに「インターン開始日」からわずか4日後に彼女自身が書きこんだ「明日はホワイトハウスでの最後の日」という言葉...一体、「10日間のインターン」はどこから出てきた話なのだろう?
さらに「ホワイトハウスの中国人インターン」を英語でネット検索してみたところ、中国発行の英字紙報道ばかりで英米紙のものは一切なかった。龔さんの記事以外にも、民間不動産会社が「ホワイトハウスでインターンができる」と銘打ったツアー参加者を募集しているものすらある。中国人にとって「ホワイトハウスのインターン」がどんなに魅力的な存在なのかがよく分かる。しかし、この民間ツアーの主催者もその後、「インターンではない。誤解があった」と正式に弁明した記録があった。
そんなことをしているうちに記事掲載の2日後、件の「チャイナ・デイリー」の英文記事は忽然と削除された。前述の米国事情通によると、「5月初めに彼女が訪米プログラムに参加してホワイトハウスを訪れていたのは間違いない。しかし、それは訪問客としての身分であり、研修生つまりインターンではなかった。彼女の経歴を見るところ、少々誇張癖があるようだね」
結局この騒ぎで消されたのは、「インターン」という言葉だったのか。それとも龔曉思という女性の経歴だったのだろうか。あるいは中国メディアの想像力だったのか。
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