写真以上に写真だった描写に打ちのめされた
2冊目も写真集ではないが、辺見 庸の『もの食う人びと
』(角川書店)も私の写真哲学に火をつけてくれた。頭から打ちのめされた。すべての人が関わる、あまりにも当たり前の"食"を通し、戦争や、経済格差という世界的な問題を扱っていたからだ。
食がテーマであるがゆえに、一層、問題が鮮明になっていた。加えて、ディテールやシンボルにこだわった著者のスタイルも大きな魅力だった。例えば、ソマリアの道路にこびりついていたアメリカ兵の皮膚と蝿、チェルノブイリの放射能の森のキノコ。そうした描写は、いや作品作りの感覚は、写真以上に写真だったのである。
強烈な隠し味とアイデンティティーを持った写真集
最後は、ジョセフ・クーデルカの写真集『プラハ侵攻 1968
』(平凡社)である。初めて見たときはその凄さが理解できなかったが、いつの間にか衝撃を覚えるようになっていた。現在のフォトドキュメンタリー・フォトジャーナリズムに通じるほぼ全てが存在するからではない。その裏に強烈な隠し味として、生と死の不条理だけでなく、退廃とセクシーさが潜んでいるからだ。
運命的なアイデンティティーという要素もある。彼自身が、悲劇に終わった「プラハの春」を経験したチェコスロバキア人だったということだ。それにより彼の作品は、たとえ概念上だけだとしても、その国民、いや当時鉄のカーテンの中で生きていた数億の東ヨーローパ人のアイデンティティーそのものまで共有するのである。
そして写真が写真を超えるためには、隠し味だけでなく、そうした写真家独自のアイデンティティーも持たなければならないのだ。

※Q.サカマキの本誌ウェブコラム「Instagramフォトグラファーズ」
●この記事は「特別企画 Book Lover's Library」のために書かれました。Book Lover's Libraryは、amazon.co.jpとの特別企画です。
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