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経済学

「社会科学の女王」経済学がコロナ禍で示した存在感と役割...他方、「学問の基盤」が脆弱化する日本の現実

2025年02月05日(水)11時00分
西田亮介(日本大学危機管理学部・同大学院危機管理学研究科教授)

いわゆる「アベノマスク」政策が1000億円超の予算で投入され、笑うに笑えないかたちで国民に受け止められたことをそれなりに記憶されているかもしれない。

だが、そもそも事業者とのあいだに仕様書が存在せず、口頭のやり取りのみで製造され、問題が生じたときの瑕疵担保責任が不明確だったことから、不良品対応がなされないケースがあり、検品を厚労省自ら行うというような事実はほとんど認識されていないだろう。重要な指摘である。

「緊急事態」の一言では済まないと多くの国民は考えるのではないか。こうした事実はもっと広く知られるべきだ。

その他に、雇用対策(酒井論文、山本論文)、ゼロゼロ融資(植杉論文)、医療資源の分配(伊藤論文)が所収されている。取り上げられるのは、多くの人が当時、いちどは耳にしたであろう重要政策が中心だ。いずれの掘り下げも、学術のみならず政策に対する具体的示唆に富む。

雇用対策では、酒井論文は本来緊急避難的な性質が強い雇用調整助成金事業の期間の長さ、規模の妥当性等に異議を唱える。

リーマン・ショック後の雇用調整助成金の特例措置の分析が存在するにもかかわらず、コロナ対策でそのことが省みられた形跡が乏しいことを指摘する。今流行りのEBPMやデータに基づく政策の実現可能性に対しても重要な示唆を与えている。

植杉論文は、担保不要で金利ゼロの「ゼロゼロ融資」の効果を検討する。

当座の資金繰り支援に対する効果は評価できるが、業績改善や負債返済可能性には寄与しておらず、「ゾンビ企業」については「延命」に寄与した可能性を示唆する。そのうえで「負債リストラ」を通じた企業のパフォーマンス改善の受容性を提起している。いずれも説得的だ。

伊藤論文は医療資源の分配にアプローチする。病床確保料が病床は確保されたとしても、医療人材が確保できず、実際の診療数増に結びつかなかった可能性を示唆し、人材確保をしっかり抑えてはじめて現実的な受け入れ体制拡大を実現できることや、そもそも人材配置に関する情報を政策当局が持ちえていない現状などを批判する。

こうした論考を目にするとき、その他の問題を経済学でアプローチするとどのような分析と提案がなされるのだろうかと興味が湧く。特別定額給付金や「Go To トラベル」など、本特集で取り上げられていないが、コロナ危機で目にした諸政策が残っている。

筆者の専門に照らせば、政策過程がテレビでの話題やSNSなど「可視化された民意」に過度に影響を受けたのではないかという懸念(「耳を傾け過ぎる政府」(拙著『コロナ危機の社会学』等))や、政治日程や力学が緊急事態宣言をはじめとする諸政策の決定に与えた影響なども気になるところである(後者は最近、当事者らの手記や、政治学などで幾つかの研究が出始めている)。

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