「熱のある方の受診はお断りさせていただきます」
街中の診療所でこんな貼紙を見かけるようになった2020年の2月。この診療所の「初動」がその後の「コロナ対応」の混乱の引き金を引いたと筆者は考える。医療者と市民のニーズが食い違い、それを穴埋めしようとした行政対応の始まりである。
新型コロナウイルス感染症は、2月1日に、感染症法上の指定感染症(2類感染症相当)と政令で指定された。しかし、新型コロナの初期症状は検査しなければ風邪との区別がつかない感染症である。
一方で、3月末日まで保健所での検査の実施件数は全国で1日2000件に満たなかった。診療所にとって、検査する体制もなく、ましてや陽性者に対するフォローなどできない状態では、発熱者を安易に受け入れられない。
そもそも、発熱患者の動線(診察室や待機場所)を分けなければ、新型コロナ以外の診療に支障がでる。医療者にとっては、診療お断りは正当なリスク回避であり、通常診療の防衛で患者を守るという点では責任ある医療でもあった。
しかし患者にしてみれば、今までは、血圧やコレステロールの薬の処方で毎月受診していたかかりつけの医師が、37度台の微熱が出ただけで診てくれないというのは、リスクに対する過剰反応、まさに火事の時に現場から退散する消防隊のようなものだった。
ことに、普段は風邪だろうが頭痛だろうが、直ぐ診てもらえるのが当たり前だった日本において、医療者が真っ先に退散するという一種の「手のひら返し」は大きなショックであった。
気軽に相談できる「専門家」の不在は「もしコロナだったら」の不安と、「自宅にいるしかない」恐怖を増幅させた。日本の場合、パンデミックよりも先に、不確かな情報拡散というインフォデミックが広がった。
実際にはただの風邪、という大多数の市民を含め、検査や診察を受けられない不満のはけ口が、疫学調査や入院調整にあたる保健所に向かい、業務負担に拍車がかかった。地域医療の担い手としての「かかりつけ医」がいわゆる絵に描いた餅のようなものであることも露呈した。
なお、医師法第19条には「応召義務」(医師が正当な理由なく診療を拒否できない義務)が定められている。