例えば、ハートルプールで小さな書店を営むキース・ラボワー(1955年生まれ)の語りが北部を代表していると思う。彼は16歳で学校を卒業後に製鉄所で働き始めたが、90年代の閉鎖で失業。その後、書店を始めた。
元々は労働組合に属し、労働党支持者だったが、すっかり心が離れていた。「かつての労働党は労働者階級を支えた。だから私たちも労働党を支えた。しかし、もはや労働者階級のための政党ではなく、ロンドンのエリートの政党になった。それがこの地域の受け止めだよ」
とはいえ保守党は嫌いなので、選挙では独立系候補を探すという。「二大政党の間にはファグペーパー(たばこを巻く薄い紙)すら差し込むこともできない。両者はほとんど同じだ」
彼は行き場を失った有権者の1人だった。この町は1974年以来、労働党の地盤だったが、私の訪問直後の下院補選(21年5月)で保守党候補が圧勝した。
イングランド中部と北部では、似た現象が続いてきた。労働党の地盤だったので、労働党カラーにちなんで「レッドウォール」と呼ばれてきたが、近年は勝てなくなり、壁の「崩壊」が話題になった。次の総選挙では労働党の復活もありそうだが、保守党への反発が引き起こす揺り戻しに過ぎないだろう。
地方取材を終えた昨春、ロンドンで「国民保守主義(National Conservatism)」の会合が開かれた。
いずれもトランプに近い、FOXニュースの元看板キャスター、タッカー・カールソンや、上院議員のJ・D・ヴァンスらの登壇で注目されてきた米シンクタンク主催のイベントが、英国でも開かれたのだ。英国の現職閣僚2人のほか保守党議員も登壇し、英メディアでも報じられた。
興味深い保守の運動だ。来場者の声を集めていると、教員と自己紹介した男性が国民保守主義への期待を、いわゆるポリティカル・コンパスで説明した。今の英国では第二象限(経済リベラルと文化保守)が空白になっているとして、そこを埋めてほしいとの期待だった。
それと通底する解釈は、登壇者の1人で、なにかと発言が話題になる英政治学者マシュー・グッドウィンも強調した(2023年7月にインタビュー)。
彼は「英国の平均的な有権者は、国会議員より経済面で左寄り、文化面で右寄りだ」との分析を示した上で、「政治の再編は需要と供給の問題」であり、今の英国は「ブレグジット以来、政治再編の時期にある」との見方を示した。ブレグジットで示された「需要」があるという。
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