一方、市郎とは逆に、息子とともに現代から「昭和」にタイムスリップしてしまうのが、「社会学者で、性差別やジェンダー問題の論者としてメディア露出もしているフェミニズムの旗手」、「令和時代の代弁者」という設定の向坂サカエなるキャラクターである。
作中ではこれら登場人物の声を借りながら、「令和」と「昭和」がはらむ空気感や規範意識の違いが戯画的に描かれる(単純な二項対立に見せない工夫もある)。
コンプライアンス、ハラスメント、多様性、性をめぐる表現にくわえ、ファッション、流行歌、通信機器まで両社会の "違い=距離の遠さ"を演出するものが満載だ。
なかでも恒例となっているのが毎話登場する「お断りテロップ」である。
たとえば第2話では、〈この作品には、不適切な台詞や喫煙シーンが含まれていますが、時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本ドラマの特性に鑑み、1986年当時の表現をあえて使用して放送します〉と表示された(毎回、微妙に文言が違う)。
むろん、これ自体が注意喚起テロップを多用する「令和」のテレビ業界を皮肉ってもいるのだが、注目すべきはその時代設定である。
すなわち、2024年との違いが強調される「昭和」とは、かつての昭和ノスタルジーブームが描写した高度経済成長期ではなく(映画『ALWAYS三丁目の夕日』公開は2005年)、1986年、『アステイオン』創刊の年なのだ。
たしかに、38年の歳月はさまざまな変化を生んだ。
1986年に男女雇用機会均等法が施行されて以降、男女共同参画社会基本法(1999年施行)、働き方改革関連法(2019年から順次施行)、そしてLGBT理解増進法が施行されたのは2023年である。
マスメディアのコンプラ意識は高まり、ジェンダー平等や多様性に配慮しようとする風潮も強まった。
『ふてほど』で繰り返される喫煙シーンをはじめ、「下品」な言葉づかい、下ネタ、「テレビでおっぱいが映る」といった性にかんする(相対的な)奔放さも、いまでは「不適切」とされる。
では、こうした文化・風俗の変遷のなかで、『アステイオン』が標榜する「知的ジャーナリズム」と、それを支える読者層はどう変化したのだろうか。
本誌創刊当初の目次をながめると、学者や批評家ら、いわゆるビッグネームが並んでいる。
再開発される都市と、都市空間の広告化。そこに重ねられる文化やサブカルチャーの香り。世界をリードするニッポンという自負、それを疑わない素朴な楽観。
飛び込んでくるのは、知識人、知的エリーティズム、脱戦後、「アメリカ」、国際人、言論人、コピーライターといった単語の数々だ。
vol.100
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