「売れなくても中身が良ければいい」と開きなおるつもりはない。その時に失われるのは、「潜在的な読者」なのかもしれないのだから。売れないことで、「言論のアリーナ」を提供する機能も失われるかもしれないのだ。
一方で、「売らんがため」に、粕谷の唱えた意義を1ミリでも損なってしまうようでは、総合誌の存在意義が失われかねない。
編集長として、売り上げや論壇時評での反応に一喜一憂、七転八倒しながら、「次の号では何を世の中に問いかければいいか」と考え続けた日々をいとおしく思い出す。
ちなみに、『中央公論』の出す「大入り袋」には、100円玉しか入っていない。ペットボトル1本買うのにも足りないぐらいだから、袋を開けることはない。
雑誌編集を離れ、再び、記者として激動する国内外のニュースに注意を傾け、取材して記事を書くというかつての生活リズムを取り戻しつつある今は、この小さな袋を自分の机にお守り袋のように置いてある。
これを見る度に、場を提供する側から、場で踊る立場になっても、「言論のアリーナ」を永らえさせるために何ができるかを自問している。
より多くの人がこのアリーナで、時には意見を戦わせ、時には共鳴し合い、それまで見えなかった新しい地平が開けてくる営みこそが、社会をフェアで強靱なものにするのだと信じている。
五十嵐 文(Aya Igarashi)
東京都生まれ。上智大学外国語学部卒。読売新聞で政治部、ワシントン支局、中国総局長(北京)、国際部長などを経て、2022年から2年間『中央公論』編集長を務める。24年6月から現職。
『アステイオン』100号
特集:「言論のアリーナ」としての試み──創刊100号を迎えて
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
vol.100
毎年春・秋発行絶賛発売中
絶賛発売中