Aleksandr Ozerov-shutterstock
オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』は、筆者が強い影響を受けた本の一つである。
甚大な損害を被り人々が立ち上がれないほど打ちのめされた第一次世界大戦後のヨーロッパでは、『チップス先生さようなら』や『昨日の世界』(ツヴァイクの自伝)などが描写したように、社会が根底から変わってしまった。その結果生じた重大な危機が、本書の主題である。
この大きな社会的変化を、オルテガは一連の象徴的な光景の描写で示す。
「都市は人で」、「家々は借家人で」、「ホテルは泊まり客で、汽車は乗客で」満ちている。「有名な医者の待合室」や夏の「海浜」も同じだ。
いつの時代にも人は大勢いたが、以前はこうした場所に足を踏み入れず、分散してひっそり生きていた。その彼らが群れをなして「突如として姿を現し、社会の最良の場所を占めた」。大衆の登場である。
オルテガはその理由を人々の平等化に求める。19世紀にヨーロッパ人は飛躍的に豊かになり、社会の平均化が進んだ。さらに大戦後、少数者(エリート)と多数者(マス)の間の垣根がほぼ消滅し、人々は旧来の秩序やしきたりを意識せずに活動するようになった。
公的なことがらに責任を持って対処してきたそれまでの貴族的な少数者とは異なり、努力せずに得た豊かさを当然のものと捉える大衆は、「おのれが凡俗であることを知りながら、凡俗であることの権利を敢然と主張し、いたるところでそれを貫徹しようとする」。
共産主義やファシズムを筆頭に、「ヨーロッパに初めて理由を示して相手を説得することも、自分の主張を正当化することも望まず、ただ自分の意見を断固として強制しようとする人間のタイプが現れた」。
これこそが「大衆の反逆」であり、「民族や文化が遭遇しうる最大の危機」であるとのオルテガの予言は、ヒトラーやスターリンの全体主義体制実現によって不幸にも的中した。
この本を読み返して、オルテガの主張はアレクシ・ド・トクヴィルの考え方に通じると感じた。オルテガの100年前に無秩序と混乱が続く革命後のフランス社会の姿を目にしたトクヴィルは、その原因が社会の平等化(大衆化)にあると考えた。
しかし、この流れは今や止めがたい。そうであるなら、欠点を制度によって矯正しつつ、自由で平等な社会が実現できないか。
この問いへの答えを探して彼は階級のないアメリカへ渡り、その長所短所をつぶさに観察した結果を自著『アメリカのデモクラシー』にまとめ、将来を憂う故国の人々に伝えた。トクヴィルが模索したより穏健な民主主義は、20世紀になって定着したかのように見えた。
vol.101
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