自分たちの想定する「中華」の範囲に含まれる地域は、文化や人々のアイデンティティの面でもより「中華」的(=中華人民共和国の価値観に合致する様態)であるべきだ。一連の動きの根底からは、そんな思考が感じられる。
より踏み込んで述べれば、2016年の在韓米軍のTHAADミサイル配備計画に端を発した韓国に対する強烈な報復的な行動(観光客の引き上げや韓流スターのボイコット)や、今年夏の玉城デニー沖縄県知事の訪中にあたって中国側が沖縄にことさら「関心」を示して見せたことについても、うがった見方はできる。
かつての華夷秩序のもと、朝貢国に位置付けられていた朝鮮や琉球に対して、現代の中華人民共和国が一定の干渉能力を回復したことを示したいという発想が、どこかにあるのではないか。
前近代までの東アジアには、漢文をベースにした情報の共有環境が存在し、これは広い意味での「中華」的な影響を受ける地域のまとまりを示すものでもあった。
このまとまりは19世紀後半以降、中国大陸の政権の弱体化に伴って徐々に弱まり、それでも20世紀なかばまでは残滓がかなり濃厚な形で存在し続けたものの、第二次世界大戦と冷戦構造によって地域秩序が組み替えられた1950年代を境に急速にばらばらになった。
いっぽう、現在の東アジアで進行しつつあるのは、新たな巨人である中華人民共和国を軸とする形での、「中華」のまとまりの再編と再拡大であるかに見える。しかし、それは本当にうまくいくものであるのか。
いまさら、国際関係に対する王道と覇道の文化を説いていた孫文の大アジア主義の演説を持ち出すつもりはない。しかし、現代の中華人民共和国が想像する「中華」のありかたが、前近代までのものとは大幅に異なるものであることも明らかなのだ。
安田峰俊(Minetoshi Yasuda)
1982年、滋賀県生まれ。中国ルポライター。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)が第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2021年の近著に『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)、『八九六四 完全版』(角川新書)、『中国vs世界』(PHP新書)など。
特集:中華の拡散、中華の深化──「中国の夢」の歴史的展望
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