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本書は、これまでの研究・教育活動を通して出会った国際人権の研究・実務に携わる人々から得た知見のおかげで書くことができたものである。
国際人権の仕組みは、世界中で人権を守るために身を賭して活動する人々や組織の不断の努力の集積として発展し、成り立っているのであり、それが人権を守るための力を持ち得るかどうかは、どれだけの人たちがこうした活動に貢献できるかにかかっている。
近年の権威主義的勢力の台頭の中で、国際人権を取り巻く現実はいつになく厳しく見える。ロシアのウクライナ侵略やアメリカでの議事堂襲撃事件などで、人権や民主主義といった我々が当然のものと考えてきた価値観がいかに脆いものかが明らかになった。
また、ウクライナやミャンマー、新疆などで続く人権侵害を止めるための有効な手立ても見当たらない。この状況に失望し、国際人権の意義に疑問を感じる向きも多いであろう。
しかし、国際人権の世界に理想と現実のギャップはつきものである。人権機関は常に大きな理想を掲げて活動するが、現実は簡単には理想に追いつかない。
例えば大国による人権侵害に際して、国際社会ができることは限られており、ロシアのウクライナ侵略はその最新の事例に過ぎない。それでも、ブチャなどでのロシアによる人権侵害は綿密に記録され、いつか何らかの形で国際社会がプーチン大統領をはじめとする責任者を処罰できる可能性を残している。
また、国際人権が欧米の論理を中心に作られたことは否めず、独自の文化や伝統を持つ国で、杓子定規に同じ基準を適用しようとして反発を呼んだケースも多々あった。
しかし現在では、国際人権に携わる人々の多くは国際社会の理想と各国での現実の間のギャップを認識し、文化相対主義に陥らない形で、普遍的人権理念を各地の文化的文脈に受け入れられやすいように適用する必要性を理解している。
国際人権はこれまでも何度も逆風にさらされてきた。冷戦下で人権制度の発展が滞った時期も、1990年代に相次いでジェノサイドが再発した頃も、テロ対策の名の下に拷問などの人権侵害が正当化された2000年代も、多くの人々が理想の実現を諦めることなく、人権活動を続けてきた。
そのおかげで、人権理念は世界中に広がり、世界中で一般市民が人権侵害に反対する声を上げられるようになった。どのような大きな武力や権力を持ってしても、このような下から突き上げてくる人権保護を求める声は簡単にかき消すことはできず、この声が消えない限り、国際人権の発展は終わらない。
人権の危機が語られる現在こそ、こうした声を受け止め世界中に広げていく努力が重要になってくる。これからの研究・教育活動でもこのことを忘れず、また日本が人権にさらにコミットし、リベラルな国際秩序をリードする国家となっていくように、人権問題の適切な理解に基づいて行動する「人権力」の重要性を訴え続けていきたい。
筒井清輝(Kiyoteru Tsutsui)
1971年生まれ。 スタンフォード大学大学院博士課程修了。博士(社会学)。 ミシガン大学社会学部教授などを経て、現在、スタンフォード大学社会学部教授。同大学アジア太平洋研究センタージャパンプログラム所長、同大学人権・国際正義センター所長などを務める。 著書 にRights Make Might:Global Human Rights and Minority Social Movements in Japan(オックスフォード大学出版局)など。
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