アステイオン

認知科学

「ゾーンに入る」──アスリートの「ゾーン」と心理学の「フロー」の共通点とは?

2022年09月30日(金)07時59分
齋藤亜矢(京都芸術大学文明哲学研究所教授)
アスリート

vm-iStock


<「ゾーンに入る」という経験をしたのは生涯3度だけという、為末大氏。そもそも「アスリートは身体の言葉を持っている」とはどういうことか? 論壇誌『アステイオン』96号より「からだの言葉で人間を理解する」を転載>


学生のころから、専門家の話を聞くのが好きだった。哲学から天文学まで、さまざまな分野の講演に足を運んだが、ときに専門的すぎてさっぱりわからず、日本語なのにこんなにも理解できない世界があるのかと感心して帰路につくこともあった。

当時、大学の掲示板がおもな情報源だったので学術系の講師が多かったが、教育学のシンポジウムで、樂家の15代樂吉左衛門さんと、能楽師の片山清司(現・片山九郎右衛門)さんのお話を聞いたときのことは、いまでもよく憶えている。

2人の表現者の言葉は、それまでの学者の講演とはまるで違う「からだの言葉」だった。無駄な飾りのない、誠実な言葉で語られる身体知であり、頭で理解したというより、腑に落ちるという感覚で、その後も折りに触れて思い出すことがある。

以来、さまざまなジャンルの表現者の話を聞いたが、やはり、その人ならではのからだの言葉には特別な魅力を感じる。

アスリートのからだの言葉

とりあげた本『自分を超える心とからだの使い方』(朝日新聞出版、2021年)は、認知心理学者の下條信輔さんと、400メートルハードルの日本記録保持者、為末大さんによる対談だ。たまたま、そのもとになった京都大学こころの未来研究センターの対話イベントを聴講したことがあったのだが、アスリートである為末さんの語りが、まさにからだの言葉だった。

「アスリートは身体の言葉を持っている」と下條さんも書かれているが、アーティストなどの表現者とはまた違う質感で、からだの限界を追求した人ならではの研ぎ澄まされた言葉だと感じた。

そこに下條さんが科学の言葉で解釈を試みながら対談が進むのが刺激的で、その白熱した空気を思い出しながらページをめくった。

中心となるテーマは「ゾーン」。アスリートが極度に集中し、自分の限界を超える最高のパフォーマンスを発揮できてしまうような、特殊な状態の話だ。

現代の陸上競技には、確立した方法論も多く、ふだんの練習は、からだのどこをどう動かすか、かなり意識的におこなうらしい。でも意識しすぎてしまうと、からだの動きが滞ってパフォーマンスが落ちてしまうことがある。

それを打開するのが夢中状態。夢中になり、われを忘れると、いつも以上に高いパフォーマンスが出せることがあるという。


 『自分を超える心とからだの使い方
 下條信輔・為末大 (共著)
 (朝日新書、2021年)

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