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日本の医療制度は「自由すぎる」、世界を変えたプライマリ・ケア改革とは

2022年09月09日(金)08時03分
井伊雅子+山脇岳志+土居丈朗 構成:井上ちひろ(東京大学大学院経済学研究科博士課程)

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土居丈朗/慶應義塾大学経済学部教授、アステイオン編集委員

井伊 日本はフリーアクセスなので、いつでもどこでも行けます。しかし、本当に必要とする医療に到達するまでにどのぐらい時間がかかっているかについての数字がありません。ですから、イギリスと単純には比較することができません。

「日本の医療の質は高いと思いますか」と質問すると、多くの方が「高いと思う」と答えます。しかし、OECDが約20年実施している、医療の質の指標を評価するプロジェクトで、日本のデータは空欄がとても多いです。日本の医療の質はもしかしたら本当に高いのかもしれませんが、本当のところはデータがないので分かりません。

土居 日本でデジタル化が遅れているというご指摘はそのとおりだと思います。私が現地調査したことのあるギリシャは財政危機に直面して、医療費も結構厳しくカットしました。

最たるところはお薬で、財政危機の前は、ギリシャ人はお薬好きで、好き放題に医者が処方できる仕組みでした。何だか今の日本に似ていますが、財政危機に直面して、医師が好き放題処方するのをやめて、本人の同意があれば、どの薬局でもその本人の処方箋を見られるように電子処方箋にしました。効果のない医薬品の処方があれば第三者でも確認できるようにして、処方の適正化を進めたわけです。

日本では、今も紙の処方箋を持って薬局に行きますが、医師と受け取った薬局しかチェックが効きません。今後日本で、医療のデジタル化を通じて改革が進むといいと思います。

井伊 今までも、日本の医療部門にはかなりのデジタル予算がつけられていました。それにもかかわらず、なぜうまくいかなかったのか検証する必要があります。

10年ぐらい前にオランダを訪ねたときに、全国各地の疾患の発生率や有病率、そのトレンドなどのデーターベースを診療所の家庭医がパソコンを見ながら診療しているのを見せてもらいました。

家庭医が登録制になっている良さというのは、このように患者に関するデータを一元化できるということです。自分の健康に責任を持ってくれる医師がいることで、何十年もデータがしっかり蓄積され、そのデータを基に政策立案が行われています。

※後編:経済学者とジャーナリストが議論「アカデミズムとジャーナリズムのあり方は?」 に続く


井伊雅子(Masako Ii)
一橋大学国際・公共政策大学院教授。1963年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。ウィスコンシン大学経済学研究科修了(Ph.D)。世界銀行、横浜国立大学経済学部を経て、現職。専門は医療経済学、医療政策。主な著書に『アジアの医療保障制度』(東京大学出版会)、『新医療経済学』(共著、日本評論社)など。

山脇岳志(Takeshi Yamawaki)
スマートニュース メディア研究所 所長、京都大学経営管理大学院特命教授。1964年生まれ。京都大学法学部卒業。朝日新聞社で、経済部記者、オックスフォード大学客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、GLOBE編集長、アメリカ総局長などを歴任。2020年スマートニュースに転職し、2022年より現職。著書に『日本銀行の深層』(講談社文庫)、『現代アメリカ政治とメディア』(編著、東洋経済新報社)、『メディアリテラシー』(編著、時事通信社)などがある。

土居丈朗(Takero Doi)
慶應義塾大学経済学部教授、アステイオン編集委員。1970 年生まれ。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、現職。専門は財政学、経済政策論など。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学(第2版)』 (日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)などがある。



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  『アステイオン 96
 特集「経済学の常識、世間の常識」
  公益財団法人サントリー文化財団
  アステイオン編集委員会 編
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