井伊 日本の医療制度改革の中で、無駄な医療の受診を減らすために自己負担を増やすべきだという議論があります。しかし、医療費の自己負担が無料の国は、実は世界には結構あるんです。それでも成り立つのはなぜなのか。
そういった国では、病気や健康問題がある時はまず診療所を受診します。診療所で働く「ジェネラル・プラクティショナー(GP)」や「家庭医」と呼ばれる医師がゲートキーパーの役割を担っています。診療所で提供されるケアを「プライマリ・ケア」と呼んでいますが、二次医療機関(病院)に紹介するのはその1-2割と言われています。
つまり、診療所で働く医師の質を担保することで、病院医療を真にそれが必要な人のために温存しているのです。ヨーロッパ、カナダ、オーストラリアなどの国は、このように医療制度を整備してきました。
土居 世界的には、その「プライマリ・ケア」はどう捉えられているのでしょうか?
井伊 私が世界銀行にいた1990年代初めの頃、世界銀行はアメリカの影響が強い組織ですので、「イギリスの医療をはじめ、プライマリ・ケアを重視した医療制度は社会主義的だ」という批判的な考え方が主流でした。その後、2008年頃「オバマケア」として、イギリスの支払い制度を参考にしたプライマリ・ケアを重視した医療制度をようやくアメリカが導入しようとしました。
ベトナムやタイなど中進国が皆保険を導入した2012~3年ぐらいに参考にしたのも、イギリスのプライマリ・ケアを重視した医療制度です。ですから、この10年くらいで「プライマリ・ケアがすばらしい制度だ」という報告書を世界銀行が書くようになったことは、私にとっては非常に感慨深いものがあります。
費用対効果が高く、公平で質の高い医療とは何かを考えながら、ヨーロッパの諸国は医療のプライマリ・ケア改革に知恵を出し合ってきました。日本の医療政策の議論では、新自由主義は駄目だと言う一方で、国が医療をコントロールするのも駄目である、と。このあたり、議論が錯綜していて何のための議論なのか、整理するのが難しいといつも感じています。
土居 井伊先生も山脇さんもアメリカに滞在を長くされていたご経験から、アメリカの医療制度についても、どうお感じになられたかお聞かせいただけるでしょうか。
山脇 アメリカは国民皆保険ではないので、まず民間保険に入らなくてはなりません。充実した民間医療保険に入るには、勤務先の会社が負担するにしても、保険料がとても高いわけです。また、保険会社の指定するネットワークの病院にしか行けないことが多く、使い勝手が悪いです。
こんな経験もしました。雪道で足をすべらせて、転倒し、背中を強く打って、病院に行ったんです。何日も痛みがひかないので「骨折しているかもしれない。確認したいのでMRIを撮ってください」と医師に頼みました。しかし医師からは、「いやいや、あなたのは骨折じゃない。MRIは必要ない」と言われ、リハビリを勧められました。しばらくして、日本に帰ってMRIを撮ったら、やっぱり圧迫骨折していました。安静にすべきで、リハビリはむしろやるべきではなかったようです。
そもそも保険に入れない人、無保険者が数千万人もいること自体、本当に深刻で、アメリカの医療は問題が多いと思います。
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