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日本の医療制度は「自由すぎる」、世界を変えたプライマリ・ケア改革とは

2022年09月09日(金)08時03分
井伊雅子+山脇岳志+土居丈朗 構成:井上ちひろ(東京大学大学院経済学研究科博士課程)
医師

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家庭医、適切な医療機関への連携、デジタル化......など、日本の医療制度はまだ再検討できる点がある。イギリスやアメリカとは何が違うのか、どんな提言が可能か。医療経済学の観点から議論した


論壇誌『アステイオン』96号の特集「経済学の常識、世間の常識」は、医療経済学も扱っている。同特集をテーマに、6月に行われた井伊雅子・一橋大学教授、山脇岳志・スマートニュース メディア研究所 所長、土居丈朗・慶應義塾大学教授による座談会より。

経済学は「新自由主義」か

土居 論壇誌『アステイオン』では、96号の特集で「経済学の常識、世間の常識」と題して、経済学と世間の常識との異同について議論を提起したところです。経済学者は、経済学の論理をもって森羅万象を解き明かそうとする「人種」で、時々異分野の方から、経済学の論理が横暴だという印象を持たれることがあります。

特に、そうした反応を象徴する言葉が、「新自由主義」です。経済学には新自由主義という1つの学説もありますが、経済学者は、市場に委ねればすべてうまくいく、と見てはいなくて、むしろ「市場の失敗」を知っており、どういうときに市場に任せてはいけないかをよく理解しています。そのため、市場がうまくいかないときの乗り越え方を研究したり、提言しています。

しかし、このような側面が世間では注目されず、経済学者が提言すると「新自由主義だ」とレッテルを貼られることがあります。ですから、世の中の誤解を少しでも解きたいと、今回、6名の経済学者にご寄稿をいただきました。井伊先生は、この点についてはどのようにお考えでしょうか?

井伊 私自身、医療経済学者であると言うと、「医療を経済の物差しで議論するなんて、けしからん」という見方をされます。医療をお金で捉えようとする、新自由主義的だと言われるんですね。また、逆に「どうやったら医療でお金を儲けられますか?」という質問を医学部生から受けることもあります。

経済学が限られた資源をいかに有効に利用するかという学問である、ということを経済学者がもう少し一般向けに発信していく努力が大切だと思っています。

山脇 井伊先生が『アステイオン』96号にご寄稿された「日本の医療制度をどう設計するか?──利他性を支える政府の関与」で、日本の医療制度は国家の介入が強いと思われているけれど、実はかなり自由であり、自由すぎることがむしろ大きな問題である、というご指摘をされています。「経済学者と世間のずれ」がこの号のテーマですが、この点については、一般にはほとんど意識されていない気がします。

井伊 同じく『アステイオン』96号に掲載の黒田祥子先生の論考「健康経営は業績向上につながるか?」で、「10年以上続いているメタボ健診が健康改善につながっていなかったという研究結果は重要な知見といえよう」と書かれています。

私たちもちょうど、「過剰医療と過少医療の実態:財政への影響」という研究論文集を出したばかりなのですが、ほぼ同じ結論です。つまり、日本人は検査する人は多いのですが、そこで受けた注意や指摘が、医療につながっていないという点です。

日本では検査結果で異常値が出ても、その相談先が制度化されていないという問題があります。日本の制度はフリーアクセスですので、受診する医療機関を医療の素人である個人が自己責任で選ばなければなりません。必要以上にさまざまな健診を受けている人も少なくありません。お金もかかるし、生活改善のアドバイスをもらえないこともあります。健診が結果につながらない無駄がたくさんあります。他方、全く健診を受けていないという人もたくさんいます。

土居 日本の医療では、基本的には無保険になるという心配はなく、患者も予約なしでどこの医療機関でも受診できます。しかし、本当に受けるべき医療が適切に受けられていない、また、きちんとフォローアップされていないということが、まさに井伊先生のご論考で指摘されていましたよね。「プライマリ・ケア」と、「ジェネラル・プラクティショナー(GP)」について、もう少し詳しく教えていただけますでしょうか。

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