[図1]今年2022年は、コルヴァイ修道院の創建1200周年にあたる。Photo : Sayaka Ando
ドイツには観光街道が数多く存在する。古くはアルペン街道にはじまり、ロマンティック街道、ファンタスティック街道、メルヘン街道、古城街道などが有名だろう。こうした観光街道の多くは、実在した歴史的交易路ではなく、あるテーマにちなんだ史跡や名所を線で結ぶ、観光促進のためのルートだ。
1950年に誕生したロマンティック街道は特に日本で人気を博し、木組みの家が立ち並ぶ中世以来の街並みや、19世紀のロマン主義の時代に建てられた中世趣味の古城が、ドイツ旅行雑誌の表紙を飾り、旅行者にとっての「中世ドイツ」のイメージを形作ることとなった。
一方、中世の遺構をめぐる観光街道も設定されている。12世紀から13世紀にかけて神聖ローマ帝国皇帝を輩出したシュタウフェン朝をテーマとしたシュタウフェン街道や、ザクセン゠アンハルト州のロマネスク建築を特集したロマネスク街道が挙げられる。
ドイツの各観光協会からは、こうした観光街道を特集する携行可能な判型のガイドブックや無料のパンフレットが発行され、中世の史跡めぐりの促進がはかられている。
さて、日本で出版されているドイツ旅行のガイドブックを開いてみると、メルヘン街道の特集の中で、コルヴァイ修道院という初期中世の史跡が紹介されている。同修道院が立つヘクスターの街がメルヘン街道沿いに位置するためだ。[図1]
メルヘン街道はグリム兄弟やグリム童話にゆかりある街が名を連ねる観光街道だが、コルヴァイ修道院の世界文化遺産登録を機に、メルヘン街道のテーマからは逸れるはずの初期中世の遺構が、観るべき名所として新たに付け加えられたわけである。
コルヴァイ修道院とは、ザクセン地方最古のベネディクト会修道院である。ドイツ中部から北部にかけて流れるヴェーザー川上流域に位置する風光明媚な小都市ヘクスターの郊外にその遺構が残る。
822年に創建された同修道院は、9世紀から10世紀にかけて、ザクセン人らが居住する地域の文化的・経済的中心地として繁栄した。初期中世の国王は首都をひとつに定めるのではなく、各地の王宮や修道院に滞在しながら巡行して王国を統治したが、コルヴァイ修道院は、中世ドイツ(東フランク王国、神聖ローマ帝国)の王/皇帝が滞在する、重要な修道院のひとつであった。
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