河野氏の講演をめぐって活発に展開された議論のなかでも、筆者が印象的だったのは鷲田清一氏の「非正規の思考」というキーワードだった。
鷲田氏は「非正規の思考」をスケボーに例える。都市には正規の目的をもった設備・施設がたくさんある。たとえば、階段の手すりは身を支えるため、ベンチは座るためにある公共物であり、私物化してはいけないものである。だが、スケートボーダーたちは、本来の目的から離れ、手すりやベンチで軽やかに滑ってしまう。その非正規なもののなかには、格好良さと爽快で自由な解放感がある。
しかし、そうした解放はそもそもの前提として、正規なものがなければ成り立たない。非正規なものだけがあればよいということにはならない。思考やアートの創造性は、正規のものと非正規のものとの緊張関係やバランスのなかで育まれていくのである。鷲田氏は、「一方で正規のものが中途半端に崩れてきているという。だから、正規のものはもっと正規のままでかたちがあって、それで、それに対してスケボーで遊べるようなもう1つの思考の、知性の自由みたいなものがあったとき、一番文化って豊かになるんじゃないか」と指摘した。
河野氏の講演は、学びの場の再編成、書物と出会うオルタナティブな方法、そして、非正規の思考についての多くの示唆を含んでいた。そこで、筆者の経験を少しだけ記したい。
東京・新宿二丁目の新千鳥街に「オカマルト」というブックカフェがある。店主・小倉東氏は、東京におけるドラァグ・クイーンの先駆者「マーガレット」として、第一線で活動を続けるパフォーマーである。また、小倉氏は、1995年創刊のゲイ雑誌『Badi』の編集にも携わり、言論界をリードした出版人としての経歴ももつ。そのような開拓者・小倉氏が2016年11月にオープンしたのが「オカマルト」だ。
店には小倉氏が所蔵する1万冊を超える同性愛関連の雑誌・書籍のなかから、時期折々のテーマでセレクトされた書物400~500冊が並ぶ。図書館では見つけることのできない希少な歴史的資料、限定発行の書物、最新の研究書や文芸書など、エロから学術までが書棚で待ち構え、題字が客の視線を捉える。アドン、岩田準一、岩波講座現代社会学、上野千鶴子、売り専、HIV、江戸川乱歩、陰間、春日井建、奇譚、キリスト教、キンゼイ、緊縛、黒野利昭、女装、人権、新潮45、性教育、青土社、セジウィック、セックスワーカー、センダック、高橋睦郎、発展場、バトラー、BL、ヒジュラ、ベンサム、フーコー、PRIDE、ポリコレ、マーガレット・ミード、魔夜峰央、三島由紀夫、水の江瀧子、南方熊楠、李琴峰、リンゼイ・ケンプ、吉屋信子、四谷シモン――。
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