コラム

世界最大で最も珍しい「謎」のカットダイヤモンドが競売にかけられる

2022年02月01日(火)11時25分

では、エニグマはどのようにカットをされたのでしょうか。

今回、サザビーズに出品する持ち主は、原石で手に入れてカットを依頼する時に「お守りとして意味を持たせる」ことにこだわりました。中東の護符である「ハムサ(ミリアムの手)」をモチーフに、原石を55面、555.55カラットにしたいと希望します。ハムサは「人間の手の5本指」のシンボルです。

研磨には約4年かかりましたが、ザ・ゴールデン・ジュビリーよりもさらに9.88カラット(約2グラム)重い、予定通りのデザインと重量を持った世界最大のカット済みダイヤモンドが誕生しました。エニグマは2006年に、世界最大のカット済みダイヤモンドとしてギネス世界記録に認定されました。

地球外からやってきた?

次に、エニグマの起源を見てみましょう。

価値の高い宝石は、販売前に必ず鑑別されます。鑑別とは、宝石の種類を調べたり、天然か人工かなどの特徴を明らかにしたりすることです。

大手の宝石鑑定鑑別機関である米国宝石学会(GIA)は、エニグマはカーボナード(黒ダイヤ)であると鑑別しました。

婚約指輪でなじみ深い、無色透明でキラキラと光るダイヤモンドは、単結晶(1つの宝石が1つの結晶でできている)です。地下のマントルで高温高圧の条件で生成され、キンバーライトという特殊な岩石に捕獲されて地表まで運ばれます。ダイヤモンドは理論的には炭素だけでできていて無色ですが、一部の炭素が窒素と置き換わると黄色くなったり、結晶構造に歪みが生じるとピンク色になったりします。

いっぽう、カーボナードは多結晶のダイヤモンドです。1つの宝石の中には、ダイヤモンドの微細な結晶が集合しています。

カーボナードは地表近くの堆積物の中から見つかることが多く、どこで生成されたかは未だにはっきりとはわかっていません。詳しく分析すると、隕石のみに見られる鉱物のオスボルナイト(窒化チタン)を含んでいることが多く、カーボナード自体が地球外からやってきた、あるいは地球に隕石が衝突することで作られ、オスボルナイトが不純物として入り込んだと考えられています。

カーボナードも理論的には炭素のみでできていますが、ダイヤモンドとは異なって色は黒や茶色、灰色のものがほとんどです。産出量が少なく希少価値がありますが、無色や魅力的な色のダイヤモンドと比べると宝飾品としてはあまり需要がなく、高価では取引されません。けれど、天然のカーボナードを模してダイヤモンドの微小結晶を焼結させた人工素材(PCD = polycrystalline diamond) は工業用カッターとして重宝されています。ダイヤモンドの単結晶には割れやすい方向がありますが、多結晶にすると微小結晶内で割れが収まるため耐久性に優れるからです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 初の実

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 10
    70代は「老いと闘う時期」、80代は「老いを受け入れ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story