イタリア事情斜め読み
イタリアの刑務所が過密過ぎる問題、新法「懲役令」を解説
イタリア議会は、刑務所の状況を改善するための法律「懲役令」を承認した。
イタリアの刑務所には現在約1,000人が収容されている。
61,000人の捕虜、その間、公式の収容人数は約51,000人。
過密率は130%。
8月初旬に可決された「懲役令」の法律では、パーティーを組織する者を罰する悪名高い反レイブ措置を含む、多くの犯罪をさらに具体化した。
法律で言うところの「公衆衛生や公衆の安全に危険を及ぼす土地や建物への侵入」には最大6年の懲役刑となる。一方、主に金銭的な性質を持つ一部の犯罪に対する懲役刑は減刑されるか、完全に廃止されることになった。
法的に定義されている不法占拠、つまり「他人の居住地を目的とした土地の恣意的占拠」も、現在では刑務所に入れられることになった。
また、主に金銭的な性質を持つ一部の犯罪に対する懲役刑は減刑されるか、完全に廃止される。
今後、新しい措置により慢性的に人員不足を解決するために、2025年までに刑務所職員を新規に1,000人新規雇用し増員、また、新たに最大20名まで取締役が増員される。
また、自暴自棄になりがちな受刑者が愛する人との繋がりを回復して絶望感を和らげるため、受刑者が屋外に今より多い回数(月に4 ~ 6回)で電話をかけることを可能にした。
現在は月に2回、刑務所内から外部に電話をすることができる。
そして、早期釈放を得るための手続きを簡素化し、出所後に行くことになるコミュニティーケア施設を改善するという決定がされた。
イタリアの全国紙によると、刑務所職員組合は2万4000人を要求していたが、雇用予定人数はたったの千人。最大20名の取締役の増員についても、これは前回の採用試験ですでに不合格となって指名を受けなかった19名を採用するだけのゴミ回収人事と言われている。
月に4回から6回の外部との通話回数を増やしたことについても「特定のケースで要求された場合に限り」許可されるもので、被害者側からの同意も必要だという。
限定的かつ一般的な方法で電話回線を繋げることはできないなど、「新しい懲役令は、政府が刑務所問題を解決したと誤魔化している。つまり、いかなる希望も無効にするものだ。」と、野党議員や国家保護監察官(元受刑者の国家保証人)は、新法の欠陥を指摘している。
元イタリア首相のレンツィ氏はこれを"ナンセンス"と呼び、「メンタルヘルス、薬物やアルコールなどあらゆる依存症、そしてもちろん刑務所自体に対処しない政策など、真剣な政策ではない」と述べ、法的プラットフォーム「共に正義」 新法を批判した。
| 刑務所は過密状態
2024年7月31日の時点で、イタリア法務省によって実行された処理データによると、クレモナ刑務所は最大定員394人に対し、543人の受刑者がおり、そのうち338人が外国人である。
つまり、この刑務所には150人定員がオーバーした状態で、人々が収容されている。
しかし、この傾向はイタリア全体に関係しており、189の刑事施設に61,133 人の受刑者がおり、そのうち2,682人が女性で、うち523人が未成年者のために刑事施設に収監されている。
ロンバルディア州の刑務所では、男性が349人増、女性が464人増、過密率は143% となっているという。
ローマのレジーナ・コエリ刑務所では、囚人の過密に加え、刑務所職員の人員不足、ビデオ監視システムが無いなど、重大な欠陥が重なった挙句、囚人同士は衝突する事件が起こり、一気に緊張が走った。
直接的な衝突の発端は、刑務所第3セクション内で、明らかに違法な人身売買での優位性を確立するために、棒で武装した囚人グループ同士で殴り合いになったためであるが、その衝突騒動の後、懲戒処分の可能性があることを理由に、約100人の受刑者が歩行エリアに戻ることを拒否することで抗議の意思を示した。
受刑者が言うことを全くきかない、従わない、コントロール不可能状態である。
このレジーナ・コエリ刑務所は、7月末にも独房の中で囚人がマットレスに放火し、火災が発生。消化作業で廊下が浸水した事件があった。
今年の夏もアフリカからの熱波により数週間猛暑日が続き、イタリアの多くの都市で気温が摂氏35度以上に達しているにも関わらず、刑務所内にはエアコンがないなどの理由で、囚人達の不満と過激な抗議行動は度々勃発している。
|「すべての希望が失われた」独房での自殺
イタリアの刑務所では絶望感が高まり続けている
イタリア人の刑務所の保証人、 今年初め以来、67人の受刑者が自ら命を絶った。
2023年に自殺した囚人の数は70人、2022年の自殺者数は85人だった。
自殺者のうち、3分の1以上に当たる19人が裁判を待っており、ほぼ半数に当たる23人が外国人で、イタリアの全外国人が総人口の5%近くであることを考えると、異常に高い数字となっている。
精神衛生上の危機は明らかになっており、イタリア共和国大統領マッタレッラ氏でさえ、イタリアの刑務所は「あらゆる希望が失われる場所」になりつつあると述べ、「文明国としては見苦しい」と定義した。
8月中旬、現在イタリアの刑務所で問題となっている受刑者の自殺急増が問題である。
政治家数名が受刑者の生活を視察するために刑務所を訪問した。
毎年8月15日は、キリスト教において聖母マリアが天に昇ったとされる日とされており、イタリアは聖母被昇天の日(Ferragosto/フェッラゴスト)の祝日。
歴史をローマ時代にまで遡ると、8月15日は、皇帝アウグストゥスが、農作業で一年間勤勉に働いた褒美として、奴隷を含む国民に与えた休日とされている神聖な祭りである。
現代は、イタリア全土で商店、バー、レストランのシャッターがほとんど閉まる。
そんな宗教祝日の8月15日に休暇を返上して、刑務所を訪れることにした政治家もいる。
レンツィ氏は、過密状態のソリッチャーノ刑務所へ行くため故郷のフィレンツェに戻り、約500人の受刑者のうち半数が最終判決を待っていると述べた。
今年、元イタリア首相のマッテオ・レンツィ氏、ローマ市長ロベルト・グアルティエリ氏、故パネッラ急進党の同僚らが刑務所を訪問し、受刑者らと共に時間を過ごした。
訪問後、自身のX(旧Twitter)で、「囚人にとって人道的な環境を確保するために、ソリッチャーノ刑務所のような建物は取り壊し、一から再建されるべきだ」と投稿し、新しい刑務所の建設、刑務所職員の増加と早期釈放プロセスの簡素化を宣言した。
同日、8月15日の午後、3日前にアンコーナ刑務所からパルマ刑務所に移送されたばかりで、裁判を待つ36歳の受刑者が、隔離セクションの独房で首を吊って自ら命を絶った。
ちょうど急進派と国民保証人の訪問が進行中のことだった。
国家保護監察官(元受刑者の国家保証人)であるマウロ・パルマ氏は「刑務所での不快感はさらに悪化している」と説明している。
夏の時期は看守を含む刑務所職員が夏季休暇を取るため、明らかに人員が削減され、さらに刑務所施設内にはエアコンも無く、暑さが加わり状況は最悪だった。
約2年前に、刑務所内での事故を減らすことを奨励することを目的とした計画を立てるよう通達があった。その計画のせいで、更に悪化したと言う。
その根拠は、受刑者を教育コースや研修などの取り組みに参加させ、プロジェクトが完了するまで閉鎖し、宿泊室には入れないようにしていた。実際に、より多くの事故をもたらしたという。
パルマ刑務所の場合、理由は惰性だけではなく、受刑者が多過ぎると監督する人もおらず、計画すら立てることができない。プロジェクトも完了できない、パロマ刑務所は「混雑、閉鎖、緊張」という3つの悪循環構造でなっている。その中で、自殺者が6人も出た。
現在、再発防止策として、囚人には最初に刑期の範囲が告げられるが、全学期のプロジェクトを受講した場合には減刑されるという、手続き上の規則を導入した。
監督判事にそれらの期限だけを確認するように依頼すると、刑期は削除される。
| 刑務所にいるのは貧しい人々
現在、貧しい人々だけが刑務所に増え続け、刑務所に行かなくても良い経営者が少なくなることを意味するのがこの新法であるとジャーナリストでありローマのホームレスを支援する協会ママ・テルミニの創設者であるフランチェスコ・コンテ氏は言う。
コンテ氏は、受刑者が絶望感に打ち拉がれ、独房で自殺を図る人が増えている理由には、2つの大きな問題があると説明した。
1つ目は「多くの人が刑務所に収監されているということ」
受刑者のほとんどは住居を持たないホームレス、なので、彼らを自宅軟禁することができない。実際、多くの外国人が軽犯罪で刑務所に入れられることとなる。
居住権のあるイタリア人は、より重大な犯罪を犯した者であっても通常は自宅軟禁されている。
そして、2つ目は「イタリアでの裁判が非常に長いこと」
受刑者が弁護士の助けを得られないという事実による自暴自棄もある。
被告人から任命された国選弁護人の多くはその仕事をきちんとやっていない。そして、受刑者が仲間の囚人や警察から虐待を受けていることも大きな問題であると、コンテ氏は付け加えた。
健康権を含む権利保護に積極的なルカ・コショーニ協会による視察の結果、受刑者達の健康への権利に対する明らかな構造的侵害の状況が明らかになった。
この過密率に関連した刑務所に関する最新の政令には、健康への配慮が完全に欠如していることを指摘し、クレモナ刑務所を含む刑事施設が所在する都市の地方保健局総局から102件の警告を送った。
活動家らは、衛生と予防、すべての社会サービスと保健サービスの提供に関する状況を確認することを目的として、関連する刑務所施設で検査を実施し、それらが標準的に利用できない場合にはそれに応じて行動することを求めている。
刑務所はすべての人に適しているわけではない。しかし、中には刑務所よりもひどい場所にいた囚人もいて、過密状況をあまり気にしない人もいる。
別の囚人は、「私が合法的に働いた唯一の場所は刑務所だった。」という人もいる。
| 法律を改定した新「懲役令」
刑務所の状況は更に悪化の一途をたどることになる
領土保証者会議のスポークスマン、サムエレ・チャンブリエッロ氏によると、「懲役令」により刑務所の状況はさらに悪化するだろうという。
妊娠中または新生児がいる間に犯罪を犯した女性に対して、実刑判決は裁判官の裁量に委ねるために、これまで刑の執行を延期する義務があったが、それを廃止して、妊婦、出産後授乳している女性、1歳未満の新生児の母親でも、刑務所に送ることができるようになった。
2023年12月31日までのデータによると、イタリアでは2,477人の女性が拘留されており、これは刑務所総人口の4.4%に相当している。
2024年4月のアンティゴーネの報告書によると、拘留された母親のための緩和監護施設と通常の刑務所の保育部門では、 19人の女性囚人が、22人の子供とともに刑務所に収監されていたという。
妊娠中の受刑者 12 人がいた刑事施設を訪れたところ、2 人の受刑者が施設内で出産したとチャンブリエッロ氏は語った。
これまで、左派政権であったときは、懲役3年の有罪で服役期間が3年未満の女性受刑者が、子供を持つ母親であった場合は、住宅共同体に預けられる法律があった。この女性囚人達とその子供達のために年間150万ユーロ(約2億4,380万円)が国庫から割り当てられ、彼女達の生活を維持するためにかなりの税金が投じられてきたが、メローニ政権の誕生により、その法律は上院から却下、拒否された。更に、例えば、3人の受刑者が平和的に抗議しようとしたにも関わらず、独房に戻ろうとしなかった場合、即時に「暴動罪」が発動されることになると言う。
自宅軟禁下で刑に服するために、常に子供を妊娠している女性受刑者の裁量権を排除し、実際、逮捕必須、刑務所に送る法律にしたメローニ政権。
イタリアでは、テレビ局の「イタリア・ウノ」、「レーテ4」が、「妊娠中の女は逮捕することのできない法律」を巧みに利用し、永遠に妊婦で居続けることで刑務所行きを回避し、失業中の夫を養うために犯罪を犯して悲搶な生活を送る女性をソフィア・ローレンが演じた映画『昨日・今日・明日』を"わざと"放送していた。
メディアにおける左派ポピュリズムが垣間見れ、この問題に関するメディアの悪い印象操作であると感じた。
著者プロフィール
- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie