その日、或る移民が思うアメリカ
流れ着いたその先に ~老後に帰国すると言う事~
先日、下記の記事をTwitterでシェアしたところ沢山の反響を頂きました。
アメリカを終の住処とせず日本に引き揚げる人たちの理由 https://t.co/yJQkgYdpkc
-- Tsunehisa Nakajima (@carlostsune) October 2, 2020
アメリカのみならず海外に移住している日本人であれば、老後も移住先の国に住み続けるか、それとも日本に帰るかと言う事をどこかのタイミングで考えるものですし、悩むものでは無いでしょうか?そして、この記事はそんな悩みを抱えるアメリカ在住の日本人に向けて書かれたものだと想定します。私自身も現在はアメリカに住んでおり、これからの人生において何処に住むか、何処で終わりを迎えるか、と言う事は考えますので非常に興味深く記事を読んだ訳です。そして、フォロワーの皆さんにもお裾分けと言う感じで気軽にシェアをしたんですね。
さて、私は日本語でTweetしていますので、必然的に日本在住の日本の方からの反応が一番多くなります(日本語話者が一番多いので)。数々の反応の中で「海外在住者の多くが老後に日本に帰ってきたら福祉が崩壊する」「Free Rideだ」という意見がありました。「現役時代に日本に対して納税や社会保障費を支払っていない人間が、老後に福祉だけを享受するのは公平じゃない」という事なんだと思うんですが、本当にそうなのだろうか?と思った訳です。
ネットで少し日本の社会保障についての説明を検索している時に見つけたのが日本女子大学名誉教授の岩田正美氏の下記の記事
社会保障制度の受益者と負担者という分断 ─特に世代対立をめぐって
この中のこの表が分かりやすいなぁ、と思ったので引用します。
老後に日本に帰国して受ける福祉というと、年金が思いつきますが海外在住者の場合、海外転出の手続きをして住民票を抜いていれば国民年金の支払い義務はありません。その期間は受給資格期間には含まれるが年金額には反映されない期間、合算対象期間(カラ期間)となります。上記の表の第三類型となり、カラ期間の間はその期間の受益者の為の負担をしていなかったと言えるので、それを持って不公平だと言われるのは多少わかります。しかし、本人が受益者と考える場合、カラ期間が長ければ受給する年金自体は微々たるものになるので現役世代に掛けている負担は非常に少ないものになります。そして、アメリカ在住であったのならアメリカのSocial Securityを受給する事になりますから日本の福祉にタダ乗りしているとは言えないでしょう。
次に医療保険についてですが74歳までなら国民健康保険に加入し、75歳以上なら後期高齢者医療制度に加入する事になるでしょう。上記の表で言うところの第二類型ですので「現在受益者=現在負担者」となり、全てタダ乗りしてると言う事にはなりません。しかし、
後期高齢者医療にかかる費用は、患者負担を除き、75歳以上の後期高齢者の保険料(1割)、 現役世代(国民健康保険・被用者保険)からの後期高齢者支援金(約4割)および公費(約5割)でまかなわれます。
という事なので、高齢者の医療費の4割が現役世代の負担で、5割が税金での負担と言う賦課方式ですから、高齢者が増えると現役生代の負担が大きくなり福祉が崩壊するのでは?という危惧はわかります。じゃあ、海外在住者の帰国が人口比率的にどのくらいのインパクトがあるのかをちょっと考えてみようと思います。外務省が下記の通り海外在留邦人のデータを公開しています。
海外在留邦人数調査統計 統計表一覧 令和元年(2019)版(平成30年10月1日現在)
で、その中にこの様にまとめられていますが2018年時点の海外在留邦人の総数が139万0,370人との事。
1 在留邦人総数推計
平成30年(2018年)10月1日現在の推計で、わが国の領土外に在留する邦人(日本人)の総数は、139万0,370人で、前年より 3万8,400人(約2.84%)の増加となり、本統計を開始した昭和43年以降最多となりました。
このうち、「長期滞在者」は87万6,620人(同8,800人(約1.01%)の増加)で在留邦人全体の約63%を占め、「永住者」は51万3,750人(同2万9,600人(約6.11%)の増加)となっています。 アフガニスタン、イラク及びシリアについては、在留邦人の安全上の理由から邦人数等の公表を差し控えており、本推計には含まれていません。
総務省統計局の人口推計(2019年(令和元年)10月1日現在)によると日本の総人口は1億2616万人で、その内の1,849万人が75歳以上という事なので、人口の14.66%を占めている事になります。その割合を「長期滞在者」と「永住者」を合わせた海外在留邦人の総数139万0,370人に当てはめて見ると約20万人が75歳以上という事になります。その全員が帰国して来ることはあり得ませんから、半数の10万人が帰国したとして0.5%程度のインパクトだと言えます。しかも、前述の通り年金には影響しませんから、医療保険、介護保険のみにインパクトがある訳ですね。それを大きいと捉えるかどうかの問題になってくる訳です。
ただ、日本の社会保障(年金、医療保険、介護保険)はこれまでの賦課方式の運用の結果、海外在留邦人の高齢者が帰国する事が与える影響など微々たるものと言わざるを得ない膨大な債務が発生していると考えられています。この辺は年金純債務とか暗黙の債務とか様々な説がありますのでご自身で調べて頂きたいのですが、端的に言って支出に収入が追い付いておらず債務超過になっているという事です。
※年金の純債務については厚生労働省が数値を出していると言われており、参考に提示しようと思いましたがそのものズバリ純債務という名目では記載がされていませんでした。一応、厚生労働省の平成26年度の財政検証結果レポートを参考までにシェアしておきますので目を通してみてください。
このような状況においては、本質的に日本の社会保障制度の改善について考える事が重要であって、対立や分断を煽る方向にエネルギーを割くのは勿体ないと思うのですね。出来れば海外在留邦人も知恵を出して改善のために動いて行くのが理想だと思います。
勿論、明るい未来が見えない状況下で日本在住の方が不安を抱えているのはよくわかります。その時に海外で「気楽」に暮らしていた日本人が老後に帰ってくるなんてズルいじゃないか、という思いもわからなくはありません。ただ、何処の国に暮らしていても生活と言うのは大変なものですし、その国で人生を終えようと思った方でも予測しない状況の変化によって帰国を決意される場合もあるでしょう。また、国際化が進む昨今においては多くの人にどこかに外国に移住しなければならない可能性があり得ます。そういう状況の中で日本は23ヶ国と社会保障協定を署名済で、うち20ヶ国は発効済となっており、海外在留邦人も在日外国人それぞれが保険料の二重負担をしなくても良いようにもなっています。
なかなか難しいのはわかっているのですが、目の前の事だけでなく様々な人の人生を想像し、また制度や状況を理解し、出来るだけ多くの可能性を他人事では無く自分事として想像できるか否か?がその社会の持つ懐の深さになるのではないかな、と最近よく考えます。
著者プロフィール
- 中島恒久
海外経験ゼロからアメリカ永住権の抽選に応募して一発当選。2004年、25歳の時にアメリカ移住。ジャズベーシストとしての活動の傍ら、寿司屋の下働き、起業、スタートアップ企業、刃物研ぎなどの仕事を転々とした結果ホームレスになりかける。現在は日系IT企業の米国法人にてCOO。サンフランシスコ在住の日系アメリカ人の一世。
Twitter: @carlostsune