シアトル発 マインドフルネス・ライフ
大統領と銃と、アメリカン・マインド(4)〜「マイクロアグレッション」の恐ろしさ
「マイクロアグレッション(Microaggression)」とは、疎外され周縁化された集団(Marginalized group)に対して、無意識にまたは意図せずに表現された偏見や差別心にもとづく微妙でささいな態度や言葉のこと。ちなみに、疎外された集団とはアメリカの場合はマイノリティとほぼ同義だが、南アフリカのアパルトヘイトなどのようにマジョリティ集団(黒人)が疎外され差別されることもある。
このマイクロアグレッションの厄介なところは、やっている側は友好的で悪意がなく、表面上はごく普通の何気ない日常会話に聞こえるので、やられた側は嫌な気持ちを感じるがどうにもできない点にある。たとえば、東南アジアルーツの同僚は、生まれも育ちもアメリカだが、初対面の人に毎回「どこから来たの?」「英語が上手だね」など言われるので、そのたびにイラつくと話していた。また、配偶者が白人で、自分の子どもの外見が白人に近いアジア人の友人は、子どもと外出するたびに乳母に間違われると嘆いていた。ちなみに、日本には差別があまりないと思っている人も多いが、外国人や女性などに対して外見的な特徴をほめたり、白人に「アメリカ人ですか?」などと尋ねることもマイクロアグレッションになりうるのだ。まずは、マイクロアグレッションというものが存在し、知らないうちに人を傷つけているかもしれないと認識することが大切だろう。
マイクロアグレッションを受ける側は、繰り返しマジョリティの視点をじわじわと心に取り込み、セルフイメージに多大な影響を及ぼすことになる。他人や社会的通念などの価値観を取り入れて自分のものとすることを「内面化」と言うが、いったん価値観が内面化されてしまうと、自分でも気づかないうちにその価値基準にしたがい物事を判断するようになる。内面化されたマジョリティの視点でマイノリティの人が自分のことを見れば、ステレオタイプ的な部分を恥ずかしく思ったり、劣等感を感じたりするほか、うつ病や不安障害など精神疾患の原因になるという調査結果も出ている。また、ほかのマイノリティ集団に対しても偏見や差別的な感情が生まれ、差別されている集団同士で「自分はほかの集団よりもマシ」という比較、そしてさらなる分断が生まれるだろう。
今回の選挙戦では、社会全体への不信感や人種間の分断がより一層深くなると危惧され、各地で暴動が発生するのではないかとの不安や恐れが高まった。全米で多くの店が窓に板を打ち付けるなどで警戒を強めたほか、銃の売り上げも記録的に伸びたという。ただでさえ銃大国のアメリカでは、毎日100人以上のアメリカ人が銃により命を落とし、銃による負傷者は200人以上にのぼる。さらに、銃により殺されているのは黒人達が圧倒的に多い。たとえば、黒人男性は白人男性に比べて2.5倍も多く警察に射殺されており、黒人は白人に比べて銃で命を落とす人が10倍、銃による暴行は15倍も多い。
アメリカ人にとって銃の所有は単に身を守るためではなく、建国の理想である「自由と独立」を守るための象徴のはずだ。しかし、その自由の象徴は、黒人達の命を奪う凶器になり、さらなる不信感や不満を強める一因になっている。差別や偏見という「悪意の正常性」から抜け出して、理想とかかげる「自由と平等」をマイノリティを含めたすべての人が享受できるまでには、まだ長い道のりがかかりそうだ。
著者プロフィール
- 長野弘子
米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院でカウンセリング心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える人々にセラピーを提供している。悩みを抱えている人、生きづらさを感じている人はお気軽にご相談を。