シアトル発 マインドフルネス・ライフ
大統領と銃と、アメリカン・マインド(3)〜「悪意の正常性」とは何か?
リフトン氏によると、「悪意の正常性(Malignant Normality)」とは、倫理的な善悪の基準において悪と認められるような物事が、その共同体では正常であると認められていることを示す。たとえば、インドのカースト制度、イスラム法で定められている一夫多妻制や女性に対する暴力、アフリカや中東地域で行われている女性器切除の慣習、児童婚や強制結婚など、例をあげれば枚挙にいとまがない。
リフトン氏やほかの大勢の精神科医らが危惧するもの、それは民主主義の根幹でありアメリカを建国から支える「自由と平等」という精神性が、トランプ大統領の言動に影響されて蝕まれていくというものだ。著しい自己愛や反社会性、衝動的な言動、また移民や女性、特定の人種や民族に対する差別的な発言に多くの人々が感化され、差別や偏見という「悪意の正常性」が定着し、社会全体への不信感や人種間の分断をより一層深くするのではないかと危惧している。
たしかに国のトップである人物が、マイノリティ差別や移民排斥を訴える扇動的な発言をすることは、ヘイトクライム(憎悪犯罪)を助長させうる危うい行為であり、リーダーとしての資質を疑われても仕方がないだろう。しかし私は、トランプ大統領が人々に悪影響を与えているというより、その逆で、すでにアメリカに存在している人種差別という「悪意の正常性」が建前の皮を破ってむき出しになったに過ぎないと感じている。問題なのは、差別的発言を公の場で叫ぶ人物を国のトップにまでのし上げた、社会全体に巣食う差別的感情のほうだ。
ちなみに、ヘイトクライムの統計に関しては、FBIの公式発表と推定値がかなりかけ離れていて実態をつかむのが難しい状況にある。ワシントンポスト紙によると、FBIは2013年に全米で起こったヘイトクライムは5,928件と発表しているが、法務省統計局はこれは著しく低い数値と主張。米国司法省が行なった包括的調査によると、2003~2011年の間に毎年平均26万人、2004~2015年の間に毎年平均25万人がヘイトクライムの被害に遭ったと推定している。トランプ政権下でのヘイトクライム件数はFBIの調査によると増加しているので、米国司法省の調査も待たれるところだ。
どの国にもダブルスタンダードは存在するが、アメリカの影の部分を語る時には人種差別を避けては通れない。マイノリティの中でもとくに黒人は、学歴や経歴、年齢にかかわらず、日常的に差別を受けている。アメリカの学校では90年代から校則に違反する行為を犯罪とみなすという厳しい対応が導入されたが、ニューヨーク市で2016年に逮捕された生徒の実に99%が黒人とラティーノだった。なかには、先生の机から飴を取った幼稚園児、机に落書きをした小学生、服装の規則を守らなかった生徒なども含まれていたという。停学や退学処分になったり少年院に送られた生徒は、その後犯罪を犯す可能性が高くなり、結果的に黒人の刑務所収監率が高くなる。この悪循環は「学校から刑務所へのパイプライン(The School-To-Prison Pipeline)」とも呼ばれており、構造的な黒人差別のひとつとなっている。
また、マイノリティへのヘイトクライムも多数起きており、同時多発テロが起こったときはアラブ系の人々がターゲットにされ、店やレストランが破壊されたりモスクが焼かれたり子供が学校でいじめにあったりした。今年のコロナ禍では、アジア人というだけで罵倒されたり暴行を受けており、命の危険を感じて外に出るのが怖いと感じている人も大勢いる。私の周りだけでも、学校や外出先で差別的な言葉を投げかけられたり、あからさまに避けられたりしたという経験を持つ知り合いが何人もいるので、人ごとではない。
こうしたヘイトクライムを非難し、「自由と平等」を訴えるリベラルの白人達もまた、マイノリティを軽視した態度をとっていることにほとんど気づいていない。次回は、何気ない日常のなかで起こるこの無意識の差別「マイクロアグレッション(Microaggression)」について取り上げる。
著者プロフィール
- 長野弘子
米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院でカウンセリング心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える人々にセラピーを提供している。悩みを抱えている人、生きづらさを感じている人はお気軽にご相談を。