シアトル発 マインドフルネス・ライフ
アメリカでも増える自殺 ~自殺傾向を減らす「認知行動療法」
「認知行動療法(CBT)」とは、アメリカでもっとも幅広く使われているセラピー療法で、うつ病や不安障害から、PTSD、パニック障害、依存症、睡眠障害、摂食障害、強迫症、子どもの問題行動や夫婦関係まで多岐にわたる分野で幅広く効果があるとされている。具体的には、自分の思考・感情・行動を客観視し、否定的な思考や行動パターンを変えていくことで心のストレスや悩み、問題行動を軽減する。
基本となる考え方は、以下の通り。
1)心のストレスや悩みは、自分や社会に対する否定的な認知(ものの見方や受け取り方)から生じている。
2)心のストレスや悩みは、望ましくない行動や習慣から生じている。
3)自分の思考・感情・行動を客観視して、望ましくない認知や行動を変えることで、心の問題を解決する。
ほとんどの人は、自分の考えや気持ちが正しく真実であると思っているが、多くの場合は事実を反映したものではない。たとえば、自分について「何をやっても、最終的にはうまくいかない」、「一生懸命に働いても、お金には苦労する」、「好きな人には振り向いてもらえない」などとネガティブに捉えている場合、それに見合う出来事が起こった場合に「ほら、だから自分はダメなんだ」とますます自分を否定的に評価してしまう。うまくいった場合でも、「どうせまぐれだ。また失敗するだろう」など、ポジティブな側面を無視したり過小評価する。そして失敗すると「やっぱりうまくいかないんだ」と考え、低い自己評価と現実をすり合わせていくのだ。CBTではこうした特定の「認知の歪み」を探り、より客観視することで直面している問題や自己に対する解釈を変えていく。
また、行動を変えることで心の問題を解決するアプローチも必要に応じて行う。たとえば、リラクゼーション法や呼吸法を学んで心身を落ち着かせるスキルを身につけたり、不安や恐怖症などの場合には恐怖の対象を回避せずに立ち向かうための行動計画を立てて実行する。また、対人スキルの強化のために具体的なコミュニケーション法をロールプレイをしながら練習する。
CBTは平均10~20セッションで改善が見られる短期間で効果のある療法であり、自殺行動(希死念慮や自殺企図)のある患者を対象にした調査でも効果的であるとされている。自殺予防のためにデザインされた「自殺予防向けCBT」は10セッション前後で、大まかに3段階に分かれている。第一段階は、患者の情報に加えて自殺や自傷行為のリスク診断をしてから、安全計画を立てる。そして直近で起こった自殺行動の詳細をもとにして患者のニーズを反映した治療計画を立てる。
第二段階は、CBTの要となる認知と行動への介入を行う。認知面のアプローチでは、自殺行動のきっかけになるような思考や信念を探り、望ましくない認知をより前向きで生きやすい認知へと変えて自己受容を深めていく。問題に対する思考・感情・行動をワークシートに書き出し、核となる信念を肯定的なものに書き換え、それにともない感情が変化することをモニタリングする。行動面では、生活習慣のチェックや改善、運動やリラクゼーションの導入、友人との交流やサークルなどの社会活動への参加などにより、ストレス軽減法や対処スキルを身につける。
最後の第三段階は、これまでに学んだ自己受容と肯定的な認知、対処スキルや新たな行動習慣などを組み合わせて予防対策を作る。過去に起こった自殺行動のきっかけとなる出来事をいくつか取り上げロールプレイして、患者が困難な状況にも対処できるようなレジリエンス(強靭性)と問題解決スキルを身につけたかを確認する。再度リスク診断をしてから必要に応じてセッションを続けるか終了するか、また他の専門機関に紹介状を書くかどうかなどを判断する。
前回も書いたように、希死念慮のある人の多くは辛い気持ちをオープンに話すことができない状況にある場合が多い。自他共に厳しい評価をする社会ほど、自殺や自傷行為など自分を責め傷つける行為に個人を追いやっていく。自殺を社会全体の問題として捉え、一人一人が自分にも他人にもほんの少し優しく受け入れてあげることで、繊細な心の人も傷つきやすい人も自分の居場所を見つけられる生きやすい社会へと変わっていくことを切に願う。
著者プロフィール
- 長野弘子
米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院でカウンセリング心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える人々にセラピーを提供している。悩みを抱えている人、生きづらさを感じている人はお気軽にご相談を。