農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
農業と福祉がお似合いのパートナーであるわけ
日本全国に広がり始めている取り組み、農業と福祉の連携「農福連携」。
なぜ、近年このような取り組みが熱くなってきているのか。なぜこの二つの分野がお似合いのパートナーなのか。
まず前提として、農福連携とは何か。農林水産省の定義をお借りすると、「障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組」である。特に就労の場としての意味合いが強い。2021年秋には、農林水産省に農福連携推進室が設置された。
一方オランダでは、「zorglandbouw(ケア農業)」という言葉が使われていて、「農場で人々がケアを受けること。植物や動物の世話を他の人々とすることで、気分・体調が良くなる」ことらしい。オランダで言うケア農業は、働く場の提供に限らず、介護福祉・子どもケアなど、提供サービスは様々な分野に広がっている。
農業と福祉の組み合わせは、近年誕生した新しいものではない。ではなぜ今、注目を集めているのか。そしてなぜ長年にわたり続けられてきたのか。個人・仕事・社会という3つの観点から考察してみる。
もちろん、農福連携にも多種多様な形態・作物・活動があるため一概には言えないが、私自身が研究や研修を通して感じたことをまとめてみた。
以前の記事に、オランダのケアファームの品質認証制度について書いたので、もし興味があればどうぞ ➡リンク
個人レベルで起きること
私たち個人個人が農業や緑と向き合うと、様々な恩恵が得られる。
ただ単に緑が部屋の中にあるだけで癒される。森に散歩に行くと気分がすっきりする。寒い冬の朝、両手で暖かいコーヒーマグを持ったようなどこかホッとする気持ち。植物には気分を落ち着ける効果がある。
植物や動物の成長を見守り手助けするということ、それは命に向き合うということ。私たちは命を頂いて生かされているのだと感じる。
オフィスワークで凝り固まった身体を動かすと得られる心身へのプラスの影響も無視できない。
加えて、目には見えないし実感も得にくいだろうが、微生物の力も働いている。土に住む様々な菌と触れ合うことで、私たちの皮膚の常在菌や腸内細菌が豊かになる。菌類は私たちの体だけでなく心の健康にも深く関係していることが明らかになってきている。
働く場という観点から
種を蒔いたら芽が出る。水をあげたら、萎れていた葉っぱがピンとする。人間は自分の影響力を感じたいとどこかで思っている生き物だ。農業を通して、自分の存在を感じることができる。達成感が得られる。命の営みの一部なのだと実感する。
また、農業には様々な仕事がある。昔は百の仕事をする「百姓」と呼ばれていたくらいだ。だから、障がいのあるなしや老若男女問わず個々の強みにあった作業を見つけられる可能性が高い。例えば立ってできる仕事・座ってできる仕事。重いものを運ぶ仕事・繊細さが必要とされる仕事。同じことをひたすら繰り返す仕事。
人を無理やり変えて仕事に合わせようとするのではなく、人に合った仕事を見つけ作り出す。もちろん様々な作業がある中で指揮を執ることは、リーダーにとって挑戦だが、パズルピースのようにピタリと当てはまった時に生み出される価値は大きい。
作業はゆっくりになりがちかもしれないし、極端に沢山の手が携わるかもしれない。一見非効率的だが、効率だけが全てではない。これを強みに変えて、独自の売りにすることもできる。例えば手作り、こだわり、オーガニック・自然栽培の商品など。また、エディブルフラワーのような手間のかかる商品を作ったり、伝統的な手法で加工食品を製造したり、耕作放棄地の管理をしたりと、可能性は広がる。
農福連携だからこそ生み出せる・受け継げる価値があるのだろう。
社会全体で見ると
最後にさらにマクロな視点から見てみよう。
従来の福祉国家は、富の分配を経済成長に頼ってきた。パイを大きくして分配する仕組みだ。しかし、経済の規模を拡大し続けることで、環境や社会への負担も重くなるし、いずれ限界が来るだろう。
経済成長から福祉を切り離すこと、その一つの方法が環境福祉国家という考え方だ。人と環境へのケアを直接結び付けてしまい、win-winの関係性を成り立たせればいい。つまり、福祉サービスを提供する過程に農業や緑化等の取り組みを組み込んでいくこと。例えば、認知症を持った方々が農園で時間を過ごせるようにする。学校に行けない子どもたちが動物や植物と触れ合いながら学べる場所を作る。
実際オランダでは、グリーンケアという農場での福祉サービスが一般社会にも保険事業にも認識されている。そしてケアファームと呼ばれる場所は全国に1000件以上ある。働く場だけでなく、ケアの場・居場所も提供するのがオランダのケアファーム部門なのである。
最後に
これらを踏まえ、だからこそ、開かれた農園・地域の農家さんや資材屋さん、近所の方々との自然な関わりがあることが大切なのだと思う。これは、働く場であるとしても、憩いの場であるとしても。
そして私が大切だと思うこと、それは農福連携の取り組みを行うことが最終目的地ではないということだ。目指す場所はその向こうにある。「農福連携」という枠組みにとらわれる必要はないし、むしろそれが足枷になってしまうこともあるだろう。
全国には農福連携の強みを生かして成功している事例が複数ある。このような取り組みが、地域や県境、ゆくゆくは国境をも超えて繋がり広がってほしい。そのために私にできることは何だろうかと考えている。
この記事の締めとして、自然栽培パーティーの動画を紹介したい。私個人的には、心身の在り方と畑の在り方と社会の在り方は繋がっていると思っているので、畑や社会のいわゆる「厄介者」を「厄介者」だと決めつけ排除しない、そのような考え方にとても共感している。
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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