Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
絶滅の危機から復活したヤブツカツクリの大胆戦略
オーストラリアの森や公園などの自然散策路を歩いていると、どこからともなく姿を現す大きくて丸っこい体型の黒い鳥。鳥のくせに飛ぶわけでもなく、目の前をスタコラさっさと横切って、足早に去っていく。見た目は、クリスマスにローストとして食卓に上がる七面鳥(シチメンチョウ)そっくりだ。
実際には、七面鳥に比べ一回りほど小さく、野生のせいかスリムな感じに見えるものの、禿げて羽がない頭部や雄の首筋にだらりと垂れ下がった肉垂などを見れば、誰もが「七面鳥だ!」と言ってしまうだろう。
この鳥の名前は、その見た目から「Australian Brush-Turkey(別名Scrub Turkey)と呼ばれる。オーストラリア東部沿岸部の森林や低木林に生息し、和名は「ヤブツカツクリ」。キジ目ツカツクリ科に分類され、七面鳥とは姿は似ているが異なる系統だ。
今ではシドニーのような都市部でもその姿を見かけるほどポピュラーなヤブツカツクリだが、一時は絶滅寸前だったという。その衰退と都市部での台頭をシドニーとブリスベンで調査した研究が、オーストラリアの査読付き学術誌「ワイルドライフ・リサーチ」に発表された。
食用として乱獲され、絶滅の危機からの大逆転
ヤブツカツクリは、見た目の通り、七面鳥そっくりなことから西洋人が入植してから主に食用に乱獲され、1930年代には絶滅の危機に瀕していた。とくに東沿岸部では都市化に伴い、20世紀初頭までに絶滅したと考えられていたというが、危惧されていたことなぞいざ知らず、現在では、都市部でも見かけるほどだ。
ご多分に洩れず、シドニー北部にある我が家の裏庭にも棲み着いている。10年ほど前は雄と雌1組のつがいしか見かけなかったが、今では子が増え、4〜5羽が隊列を成して我がもの顔で闊歩している。
なんかすごいの来た!!(◎_◎;) #野鳥 #ヤブツカツクリ #ブラッシュターキー #シドニー #オーストラリア pic.twitter.com/fojp6StFdP
-- Miki Hirano (@mikihirano) December 4, 2015
ところが、この辺りでは1970年代後半くらいまで全く見かけなかったそうだ。調査によると、1999年時点において、シドニー郊外のサバーブ(地区)でヤブツカツクリが確認されたのはわずかに4地区。しかし、約25年後には、312のサバーブに生息していることが確認されている。
絶滅を逃れることができた理由は何か
ヤブツカツクリが絶滅を逃れることができた直接的なきっかけは、1970年代の法改正により、この鳥が他の在来種と共に保護の対象になったことだろう。
食用にしていた人々は乱獲をやめ、研究者が個体調査に乗り出した。そして1970年代半ばにブリスベン近郊で再目撃されるようになった後、急速に郊外へとその生息域を広げていったという。もともと棲んでいた森林はもちろんのこと、住宅地が広がる都市部へも進出。そこで個体数が急増した。
なぜ、都市部へと棲み処を移したことが個体数急増に繋がったのか?
その理由のひとつとして考えられるのが、彼らの食生だ。本来は、地中の昆虫やミミズを捕食したり、地面に落ちている木の実や果実などを食べたりするのだが、彼らは出会ったものはとりあえずなんでも食べるという。その雑食性が、生ゴミやその辺に捨てられた食べ物が散乱する都市での暮らしにマッチ。我が家の近所でも、ヤブツカツクリがゴミ箱を漁る姿を目にすることがあるが、彼らは都市で暮らすことにより、いつでも餌に困らなくなった。
コンポストをしばらく放置してたら、カナブンとアブに卵産みつけられて、イモムシとウジが大量発生してた、、もう捨てなきゃダメかと思ったけど、強力な助っ人に退治してもらった! オーストラリアの食べない野生のターキー#ヤブツカツクリ #野鳥 #野インコカフェ 番外編 pic.twitter.com/xYU20Ihwv5
-- Miki Hirano (@mikihirano) April 23, 2017
また、狭い都市部で生きていくために縄張り意識を緩め、よそ者を受け入れ、追い出すことをしなくなったという。本来は1本の木の根本に1組のつがいが棲みつくところ、1本の木に70羽ものヤブツカツクリが暮らしていることが確認されたところもあるそうだ。
ヤブツカツクリは、こうした驚くべき柔軟さで、新たな棲み処として都市での暮らしに適応し、繁殖してきた結果、個体数を急速に増やしていったと考えられる。
ヤブツカツクリの変わった子育て
ヤブツカツクリは、子育ても変わっている。普通の鳥のように抱卵はしない。彼らはまず、落ち葉や枝などを集めて大きなマウンド(塚)を作り、度々足でかき混ぜて発酵を促して、その中に卵を産みつける。この腐葉土の発酵が進む際の熱を利用して卵を温めて孵化させるのだが、孵った雛は自力で地上に這い出て、1週間も経たないうちに飛べるようになり、独立した生活を始める。つまり、ほぼ完全放置式子育てだ。
こうしたちょっと変わった生態のため、庭に落ちている葉や枝を足で掻き回されて芝生や花壇が台無しになってしまうことも...。せっかく手入れしたのにめちゃくちゃにされた!と半分怒りながら嘆く声も聞かれるが、知れば知るほどユニークな生態とどこか愛嬌のあるその姿に、住民たちは概ね温かい目で見ているように感じる。
ヤブツカツクリが都市部に棲み処を移し、絶滅を回避して大逆転と言えるほどの繁殖を成し遂げてきた最大の理由は、温かく見守ってくれる多くの人々に愛されてきたからなのかもしれない。
棲む場所を変え、食べるものや仲間との関係性も妥協し、人間ともうまく折り合いをつけて、絶滅危惧から一転、個体数を増やしてきたヤブツカツクリ。その自在な適応力こそ、生き残るための大胆な戦略だったに違いない。〈了〉
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
個人ブログ On Time:http://tabimag.com/blog/
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