サッカーを食べ、サッカーを飲み、サッカーと寝る国より
ブラジル・パンタナールで起こったこと、起こっていること
◉パンタナールとは
ブラジル中西部、マッド・グロッソ州にある『パンタナール』と呼ばれる地域。
雨季と乾季で全くその姿を変える不思議な平原は、ブラジル人、外国人問わず人気のある観光スポットです。
多くの原生林が残り、鳥類の楽園とも呼ばれ野生動物の宝庫でもあり、ブラジルの中でも特に生物量が豊かな地域です。
氾濫平原という言葉をご存知でしょうか。
乾季である6月~11月には大平原が広がり、限定された水場に集まる野生動物を間近で見る事ができます。
反対に2月~4月の雨季には、水滴る湿原の様相となり、浸水草原と空の表情が豊かな朝焼けや夕焼けといった素晴らしい風景を見る事ができます。
自作のパンタナール紹介ビデオショートカット版です。バタバタで作ったものなので満足できるものではありませんが、とりあえずここの豊かで温かな雰囲気の優しい自然が伝われば幸いです。 pic.twitter.com/t1ChlXAsav
-- 優しい大自然ブラジル里山パンタナール (@YukawaPantanal) November 3, 2020
◉パンタナールで起こった事
2020年7月から、北パンタナールの主要観光地である「パンタナール縦断道路(トランスパンタネイラ)」沿い各地で火災が発生しており、消防や地域住民の方々が総出で消火活動に当たっていました。
Transpantaneira nesse sábado. Imagina o tanto de vida já foi queimado no Pantanal até agora (quando ainda nem se chegou ao pico das queimadas, esperado pra setembro). pic.twitter.com/RTPMyf9t8K
-- Safis (@safiracampos) August 16, 2020
Em gigante esforço, o biólogo Sérgio Freitas, voluntário na linha de frente contra o fogo no Pantanal, consegue resgatar e salvar um quati,no meio da floresta incendiada.Sem um tostão, sem apoio de governos.Gigante Sérgio Freitas! Gigante os voluntários e ONGS! pic.twitter.com/WCrnYNAEKD
-- Diogo Cabral (@Diogotapuio) September 22, 2020
この消火活動に、ある一人の日本人が参加していました。
パンタナール在住の湯川宣孝氏です。
■湯川氏プロフィール
1992年にブラジルに渡り、熱帯果樹園管理、牧場等での業務に携わった後、パンタナールの魅力に魅せられ、現地にてネイチャーガイドや自然写真家として日本・ブラジルでの写真展、多数のTV局や自然番組コーディネート業などを兼務。現在は、環境教育(ロッジ経営含む)の啓蒙活動も積極的に行なっている。パンタナールの自然と動物を誰よりも知り尽くした日本人として、日本・ブラジル問わず、多くの日本人から親しまれている。子供達への環境体験学習自然観察は大人気、サンパウロ日本人学校の修学旅行の案内もされている。
現地の方々と消防隊が必死に消火活動に明け暮れていた8月19日、その努力の甲斐なく周辺地域と同様に湯川氏が管理する約800ヘクタール(3.0kmx2.7km、東京ドーム170個分)の敷地がほぼ全て焼失しました。
この火災により、生物多様性が豊かな原生林や平原、森林が灰になり、同時に多くの野生動物が焼け出されました...。
大火災の原因はたった1本のマッチです。
(写真提供:@MarkussLefou、@twcism、湯川氏撮影)
◉パンタナール大火災、被害にあった野生動物&森林焼失再生プロジェクト支援
(筆者作成:Campfire社クラウドファンディングページより)
■募集締切 日本時間12月26日23:59
https://camp-fire.jp/projects/view/324518
◉パンタナールで起こっていること
現在、12月になりパンタナールが消火活動と雨のお陰で完全鎮火し、二次災害の心配はなくなりました。
焼け野原となった草原にも少しずつ草が生え始め、焼け枯れたアクリ椰子の生存個体からも新芽が出始めたりと自然界は日々再生しており、生き残った動物達も戻りつつある様です。
多大な被害を出しながらも、自然再生の道をスタートとさせたパンタナールと地域住民の方々。
しかし、新たな問題が発生しています。
それは、2年連続での大干ばつによる深刻な水不足です。
実は2020年、パンタナールの多くの平原が冠水せず大湿原の様相を見せずに終わりました。
50年振りの大干ばつの影響です。
それでも筆者が現地を訪れた2020年3月は湯川氏の管理するロッジ前には小川が流れ、小川から支流、本流と流れる川へボートやカヌーで移動する事ができました。
その状態でさえ、今回の火事は未曾有の大災害となってしまった。
過去10年間で起きた山火事で焼失した面積の合計と同じ面積がこの短期間で焼失したのです。
(パンタナールの火災について述べるBBCニュース)
https://www.bbc.com/portuguese/brasil-54095561
本来であれば、冠水で水に浸かり多くの雑草が根腐れを起こすはずだった。
しかし水不足で枯れずに残った雑草が、火災をコントロールできない大規模なモノにしてしまいました。
現地で管理をする湯川氏に状況をお聞きすると、現在の状況は2020年3月時点よりも水不足が深刻で、ロッジ前の小川は干上がり底が見え、支流は浅くボートもカヌーも出せない状態との事です。
雨期へと向かうこの時期に全く雨が降らないのです。
この状態で根腐れする事がなくなった雑草が増え続け、平原や原生林の木々の水分が無くなってしまうと、次の乾季には今年以上の被害が出てしまうでしょう。考えただけでも恐ろしくなります。
防火帯作成等の防火対策や水場確保(井戸採掘等)が急務となってきました。
深刻な水不足の原因は、セラード地帯の農地大開発だと考えられています。
ポコネの空港からパンタナールへ向かう幹線道路を走ると、道路沿いに大規模な農地帯を見る事ができます。
現地の人に聞けば、ここは元は大平原や原生林があったそうです。
セラード(不毛の大地)と呼ばれていた一体を国策で大農作地帯へと変えた。
大豆等の収穫で豊かな生活を手に入れる事ができた方々もいます。
しかし、農地開発によって気温、降水、水の流れが変わりつつあり、大地に水が貯まらなくなりました。
貧困を脱したいと願う農家の方々の努力を責める事はできません。
国としてもセラードを開発しなければいけない事情があったのは事実です。
物事には表と裏があり、表裏一体です。
華々しい成功の陰には必ず何かしらの問題も生まれています。
ですが、このパンタナールの問題は大火災直後と比べると報道されなくなり、人々の関心も低くなりつつあります。
50年振りの大干ばつが2年連続で起こっているという事実。
浸水する平原が長らく浸水していないという事実。
氾濫平原、大湿原と呼ばれる地域にも関わらず水源確保の為の井戸採掘も視野に入れているという事実。
サッカーでは、失点や流れが変わる原因となるプレーは、実は直接のプレーが原因ではなく、その何手も先に起こっていたと考えらています。
ここで流れが変わるぞ、ここを堪え忍ばなければチームは取り返しがつかなくなってしまい敗退してまう。
優秀な監督は、瞬時にそこを見分ける事ができます。その為、小さなきっかけが始まったタイミングで全力で火消しに走る。
ブラジル国内では、パンタナールの大火災の結果(状況)だけが取り上げられ、その根本的な原因と対策について深掘りされる所まではまだきていません。
取り返しのつかない事が起こる前に、皆がこの問題に関心を持ち、根本的な原因と対応について協議していく必要があるでしょう。
美しい緑、空、生物達の楽園、パンタール。
そこに我々は共生させて貰っているという気持ちを忘れてはいけないでしょう。
著者プロフィール
- 古庄亨
ブラジル・サンパウロ在住。日本・ブラジル・タイの3ヶ国で、2010年までフットサル選手としてプレー。2011年より5年間、都内スポーツマネージメント会社勤務。2016年ブラジルに渡り翌年現地にて起業。サッカーを中心にスポーツ・教育関連事業で活動中。
Webサイト: アレグリアスポーツアカデミー・サンパウロ
Twitter: @toru_furusho