最新記事

心理学

サイコパスには犯罪者だけでなく成功者もいる

サイコパスはすべてが殺人鬼ではない。なかには、その特質を生かして欲しい物を手に入れ、成功している者もいる

2016年4月26日(火)18時00分
米エモリー大学心理学教授スコット・リリエンフェルド、同博士課程アシュレイ・ワッツ

成功要因 サイコパスは大胆で他人を操るのに長けている kieferpix-iStock.

 第一次世界大戦中の有名な「ガリポリの戦い」で、オーストラリア出身の兵士トム・スケイヒルは、非常に危険な任務だった旗振り役を担った。足元で爆弾が爆発して失明し、帰還させられたが、戦争の英雄として称賛された。

 終戦後、スケイヒルは戦闘の経験を題材にした詩集を上梓し、「盲目の兵士詩人」として好評を博した。オーストラリアや米国を巡回して詩の朗読会を行い、観客を魅了した。セオドア・ルーズベルト大統領もスケイヒルとともに壇上に上がり、「私が知る誰よりも、トム・スケイヒルと一緒にステージに立っていることを誇りに思う」と述べている。米国で治療を受けた後に、スケイヒルの失明は突如回復した。

 だが、伝記作家のジェフ・ブラウンリッグによると、スケイヒルは本当の姿を偽っていたようだ。実際は、戦闘の危険から逃れるために盲目を装っていたというのだ。

 それだけではない。酔っぱらって講演した後に、ろれつが回らなかったことを、検証不能な「戦争による障害」が原因だと述べた。また、レーニンやムッソリーニに会ったと主張した(そのような証拠はない)。さらに、8日間しか現場にいなかったにも関わらず、ガリポリの戦いでの長期にわたる戦闘経験について語った。

 スケイヒルが行ったように、自己を飾り立てるための嘘を並び立てて上手く切り抜けるには、非常に大胆でなくてはならない。スケイヒルは、一般に知りうる限り正式な心理検査を受けたことはなかったが、現代の多くの研究者たちであればこの人物を精神病質(サイコパシー)の典型例と判断するだろう。

 その上スケイヒルは、「成功したサイコパス」とも呼ばれる厄介な特性を体現していた。

 一般的な認識とは異なり、多くのサイコパスは、冷血漢でも精神異常の殺人鬼でもない。彼らの多くは、自らの特性を生かして人生で欲しい物を獲得し、多くの場合は他人を犠牲にしながら、一般人の中でうまく生活している。

「サイコパスはすべて犯罪者」は刑務所ばかりで観察したから

 サイコパシーを簡単に定義することはできないが、多くの心理学者はそれを人格障害であると見なしている。表面的には魅力的に見えるものの、計り知れないほど不誠実で冷淡で、罪悪感が欠如しており、衝動的欲望を抑えることができない。複数の研究によると、サイコパスは一般人口の約1パーセントを占めており、理由はよく分かっていないものの、その多くは男性だという。

 サイコパシーの人たちは、そうでない人々よりも犯罪に手を染める可能性が高い。そうした犯罪者はほとんど常に、自分の行為が道徳的に間違っていることを認識している。それが自分にとって問題にならないだけなのだ。いっぽう、一般的な認識とは反対に、暴力的になるサイコパスはごく少数に過ぎない。

 サイコパシーの研究者はサイコパスを探す際に、そうした人々が多く見つかりそうな場所に目を向ける傾向がある。そのため多くの研究は刑務所や拘置所で行われてきた。つい最近まで、サイコパシーに関する理論や調査のほとんどにおいて、犯罪者など、明らかに挫折した人物に焦点が当てられてきたのはこうした理由のためだ。

 だが、サイコパシーの傾向をもつ多くの人々は、刑務所や拘置所にはいない。実際のところ、一部のサイコパスは、大胆さといったサイコパシーの特徴を利用して、職業上の成功を達成している可能性がある。

精神の中核にある異常

「成功したサイコパス」という存在は論争の的だった。おそらくその理由の一部は、多くの学者たちが、そのような実例を見たことがないと主張しているためだ。「成功したサイコパス」という概念自体が非論理的であると言う人もいれば、「成功したサイコパス」という言葉自体が論理矛盾だと主張する人さえいる。

「成功したサイコパス」は賛否のある概念だが、新しいものではない。1941年にアメリカの精神科医ハーヴェイ・クレックリーは、古典的名著とされている著書『The Mask of Sanity(正気の仮面)』の中で、この矛盾した条件について初めて指摘している。クレックリーによると、サイコパスとは、表面的には魅力があり正常だが、その背後に、共感力の欠如と深い異常性を隠し持つ両面的な存在だという。

 クレックリーの目に映るサイコパスたちは、魅力的だが自己中心的で不誠実であり、罪の意識に欠けた冷淡な人々だ。人間に対する深い愛着を欠いており、目的なく人生を過ごしているという。だが、クレックリーはまた、一部のサイコパスたちが、少なくとも短い期間において、対人関係や職業において成功する可能性も示唆している。

 クレックリーは1946年の論文の中で、典型的なサイコパスにありがちなケースについて、以下のように記述している。

「半年の間に、ライバルである20人のセールスマンたちを凌いだり、街で最も魅力的な女性と結婚したり、政界への初挑戦で州議会議員に選出されたりする」

魅力があり活動的、そしてナンバーワンを志向する

 キャサリン・ウィダムは1977年、「施設に収容されていないサイコパス」に関する研究結果を発表した。ウィダムはこうした人たちを見つけるために、ボストンのアングラ系新聞に公告を出し、「衝動的で責任感がないものの、他人を操るのに長け、ナンバーワンを目指している、魅力的で活動的で、楽観的な人たち」を募集した。

 ウィダムが募ったこれらの人たちは、塀の中にいるサイコパスたちと似たような性格的特徴を示した。彼らのおよそ3分の2に逮捕歴があった。

 逮捕されるサイコパスと逮捕されないサイコパスの違いは何だろうか? ある程度のヒントが得られるのは、現在ペンシルベニア大学で教鞭を執るエイドリアン・レインが1990年代に実施した調査だ。

 レインの研究チームは、ロサンゼルスの人材派遣会社から、複数の男性たちを。まず最初にサイコパシーの条件を満たす人物を確認してから、一度でも犯罪を犯したことがある13人と、犯罪歴のない26人を比較した。レインは後者の26人を、暫定的に「成功したサイコパス」と呼んだ。

 被験者のそれぞれが、自分の個人的な欠点について述べるように指示され、動画を撮影された。このとき、「成功したサイコパス」と見なされた男性たちには、大幅な心拍数の上昇が見られることをチームは発見した。これは、社会的不安が増進したことを示唆している。こうした男性たちはさらに、衝動的欲求を調節することが要求されるタスクを、より上手く処理した。

 この研究は、一部のサイコパス的人物がトラブルから逃れている理由は、ある程度の社会的不安と衝動管理能力を備えていることだと結論している。

株式市場のサイコパス

 ここ最近、われわれを含む一部の研究者は、特定の職業分野に、顕著なサイコパス的特性が偏在しているという仮説を立てている。例えば、政界や実業界、法執行機関、消防関連、特殊作戦部隊、ハイリスクのスポーツなどだ。おそらくこうした分野を中心として、典型的な「サイコパス」ではないものの、サイコパス的特性を備えた人々が存在するのではないだろうか。

 彼らの社会的な振る舞いやカリスマ性、大胆さ、冒険心、そして感情の回復力が、危機的な状況のときに、他の人たちを凌ぐ能力的な強みをもたらすのだろう。世界的なサイコパシー専門家であるカナダの心理学者ロバート・ヘアーは、次のようなジョークを述べている。「私は、サイコパスの研究を刑務所で行っていなかったとしたら、株式市場で行っていたことだろう」

 エモリー大学におけるわれわれの研究所は、フロリダ州立大学の研究者たちと共同で、大胆さなど、いくつかのサイコパス的特性が、社会において成功する特定の態度の素因となるのかどうかを調査しているところだ。

「大胆さ」とは何を意味しているのだろうか? それは、冷静さと魅力、実際にリスクを取ること、感情の回復力を伴う。いっぽうでそれは、広く使用されるサイコパシーの診断基準で見られる特徴でもある。

大学生や一般的な地域社会の人々を対象にした調査によると、大胆さは、緊急事態に介入するなどの衝動的な英雄的行動とある程度結びついていることが明らかとなっている。大胆さはさらに、指導者や管理職のほか、警察、消防機関、危険なスポーツなど特定の職業との結びつきも強い。

大統領とサイコパス特性

 特に大胆さが重要となるかもしれない、ある職業が存在する。米国大統領だ。

 ジョージ・W・ブッシュまでを含む42人の米国大統領の調査で、われわれは伝記作家などの専門家に対し、大胆さの評価を含む、大統領に関する詳細な人格要素をすべて挙げるよう依頼した。そしてこれらのデータを、著名な歴史学者による大統領の能力に関する別の調査と結びつけた。

 その結果、大胆さは、ある程度ではあるが、「より優れた大統領」の全般的な能力と正の相関があるということが分かった。そして、危機管理、政策決定、国民に対する説得力など、大統領の能力に関するいくつかの特定要素もまた、大胆さと結びついていた。この次に大統領候補のスピーチを聞くときには、米国大統領としてどのくらい大胆になれるかについて留意しながら耳を傾けるべきかもしれない。

 興味深い偶然だが、われわれの調査で最も大胆とされた大統領は、トム・スケイヒルとともに壇上にいることを誇りに思うと語ったセオドア・ルーズベルトだ。ある現代の伝記作家は同大統領について、「頑強で力にあふれ、大げさで威嚇的で、粗野に見えるほどの鋭い眼力を持つ、雪崩のような人格」だったと描写している。

 最も大胆な大統領たちが、その人格的な側面において異常で病的だったというわけではない。しかし大胆さに関しては、庶民と比較すると明らかに際立っていた。

 大胆さは、成功につながる一部の行動と相関がある。だが、冷酷さや衝動を上手く制御できないなどの他のサイコパス的な特性は、一般的に、職業的成功とは相関がないか、負の相関があるに過ぎない。

 大胆さは、特定の肯定的な人生の成果と関係しているのかもしれない。だが、本格的なサイコパシーの場合は、一般的にそうではないのだ。

「成功と犯罪を隔てる線」はどこにあるのか?

 サイコパシー的な特性は、社会に適応可能なものなのだろうか? このような「ゴルディロックス(ちょうどよさ)」仮説について調査した研究者はこれまでほとんどいない。さらに、サイコパス特性が長期にわたる現実世界ではどのように影響するかについて、われわれは驚くほど知見を欠いている。

 サイコパスの魅力は酷薄で表面的なところだ。その点を留意しながら、われわれが主張したいことは、大胆さやそれに似た特性は、短期的な成功とは関係があるものの、長期的な成功においては、サイコパスの有効性はほぼ必ず消滅していくということだ。結局のところ、トム・スケイヒルが人々を偽ることができたのも、ある程度の期間だけだった。

The Conversation

Scott O. Lilienfeld, Professor of Psychology, Emory University and Ashley Watts, Ph.D. Candidate, Emory University

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 2人負

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中