増強する中国軍のステルスな実力
米政府関係者は口先では強気な発言を続けているが、米軍が東アジアから徐々に撤退しているのは事実だと、林は指摘する。「アメリカは国内で経済、社会、政治の問題を抱えており、国防予算は減っている。表向きの発言は変わらなくても、もはや台湾海峡周辺への介入は保証しない。アメリカの軍事戦略関係者の本音は明らかだ」
中国の軍備増強のペースは、アメリカの予想をはるかに上回っていたようだ。「(軍備強化は)数十年かけて進められてきた。アメリカは人民解放軍の活動を過小評価する傾向があるが、中国が伝統的に『隠すこと』を戦略としてきたことを考えれば、無理もない」と林は言う。
アメリカは過去に2回、中国がひそかに進めてきた軍事開発に仰天させられた。1964年の核実験と昨年の深海有人潜水艇の潜水成功だ(最終的には水深7000メートルまで潜水する能力があるという)。
アメリカが読み間違えた孫子の思想
相次ぐ軍備増強の背景にあるのは、96年の屈辱を繰り返さないという中国指導部の決意だとされる。台湾総統選挙を前に中国が台湾海峡で軍事演習を強行したところ、米海軍が空母戦闘群を送り込み、中国は演習の中止を余儀なくされた。
「軍拡計画は80年代からあったが、96年以降はアメリカの空母に対抗することを最重視するべきだと(中国指導部は)気が付いた」と林は指摘する。「その成果がいま表れつつある」
アメリカの専門家は文化的な偏見から、中国と人民解放軍の力を読み誤ることが多かった。「中国の姿勢の根底にあるのは、(近代戦争論の父)クラウゼビッツではなく孫子だ」と林は言う。「すぐさま武力に訴えるのではなく、武力以外を軍事戦略の一環として利用する」
アメリカによる「読み間違い」の一例が、孫子の兵法書に出てくる「兵は詭道(きどう)なり」の解釈だ。アメリカでは一般に「あらゆる戦争の基本は(敵を)欺くことだ」と訳されているが、より正確には「戦争の本質は、敵を戸惑わせることだ」という意味がある。敵を欺くことは、その手段の1つにすぎない。
中国は戦争を起こさなくても、軍事力を含む幅広い手段を通じてアメリカを戸惑わせて、見事アメリカに肩を並べるようになる。欧米の軍事専門家は中国のこうした包括的な戦略を分かっていない。
結果的に中国は、1発のミサイルも発射せずに太平洋の影響圏からアメリカを追い出すと、林はみている。「アメリカは戦わずして撤退していくだろう。だが中国はそれを軍事的手段によってではなく、経済や外交の分野で実現する。中国政府の実に抜け目ない計画だ」
2025年か早ければ2020年までに、中国は東アジアか少なくとも西太平洋で事実上の支配権を確立するかもしれない。ただその状況を周辺国が歓迎できるかどうかは分からない。
(GlobalPost.com特約)
[2011年1月19日号掲載]