最新記事

軍事

増強する中国軍のステルスな実力

2011年2月14日(月)12時51分
ジョナサン・アダムズ

 米政府関係者は口先では強気な発言を続けているが、米軍が東アジアから徐々に撤退しているのは事実だと、林は指摘する。「アメリカは国内で経済、社会、政治の問題を抱えており、国防予算は減っている。表向きの発言は変わらなくても、もはや台湾海峡周辺への介入は保証しない。アメリカの軍事戦略関係者の本音は明らかだ」

 中国の軍備増強のペースは、アメリカの予想をはるかに上回っていたようだ。「(軍備強化は)数十年かけて進められてきた。アメリカは人民解放軍の活動を過小評価する傾向があるが、中国が伝統的に『隠すこと』を戦略としてきたことを考えれば、無理もない」と林は言う。

 アメリカは過去に2回、中国がひそかに進めてきた軍事開発に仰天させられた。1964年の核実験と昨年の深海有人潜水艇の潜水成功だ(最終的には水深7000メートルまで潜水する能力があるという)。

アメリカが読み間違えた孫子の思想

 相次ぐ軍備増強の背景にあるのは、96年の屈辱を繰り返さないという中国指導部の決意だとされる。台湾総統選挙を前に中国が台湾海峡で軍事演習を強行したところ、米海軍が空母戦闘群を送り込み、中国は演習の中止を余儀なくされた。

「軍拡計画は80年代からあったが、96年以降はアメリカの空母に対抗することを最重視するべきだと(中国指導部は)気が付いた」と林は指摘する。「その成果がいま表れつつある」

 アメリカの専門家は文化的な偏見から、中国と人民解放軍の力を読み誤ることが多かった。「中国の姿勢の根底にあるのは、(近代戦争論の父)クラウゼビッツではなく孫子だ」と林は言う。「すぐさま武力に訴えるのではなく、武力以外を軍事戦略の一環として利用する」

 アメリカによる「読み間違い」の一例が、孫子の兵法書に出てくる「兵は詭道(きどう)なり」の解釈だ。アメリカでは一般に「あらゆる戦争の基本は(敵を)欺くことだ」と訳されているが、より正確には「戦争の本質は、敵を戸惑わせることだ」という意味がある。敵を欺くことは、その手段の1つにすぎない。

 中国は戦争を起こさなくても、軍事力を含む幅広い手段を通じてアメリカを戸惑わせて、見事アメリカに肩を並べるようになる。欧米の軍事専門家は中国のこうした包括的な戦略を分かっていない。

 結果的に中国は、1発のミサイルも発射せずに太平洋の影響圏からアメリカを追い出すと、林はみている。「アメリカは戦わずして撤退していくだろう。だが中国はそれを軍事的手段によってではなく、経済や外交の分野で実現する。中国政府の実に抜け目ない計画だ」

 2025年か早ければ2020年までに、中国は東アジアか少なくとも西太平洋で事実上の支配権を確立するかもしれない。ただその状況を周辺国が歓迎できるかどうかは分からない。

GlobalPost.com特約)

[2011年1月19日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中