最新記事

中東

イスラエル排斥論の大波紋

パレスチナ問題の解決には国際社会がイスラエルをボイコットするしかない──有力イスラエル人学者がそう表明したため波紋が広がっている

2009年8月25日(火)17時45分
スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授=国際関係論)

二国家共存は可能か 国際社会の圧力に対してイスラエル社会では反発が強まっている。(写真は東エルサレムで抗議活動をする右派の人々、8月17日) Ammar Awad-Reuters

 8月20日、ロサンゼルス・タイムズ紙は「イスラエルをボイコットせよ」と題した勇気ある論説を掲載した。

 テーマは、ヨルダン川西岸とガザ地区の占領を続けるイスラエルに対する「BDS(ボイコット、資本の引き揚げ、経済制裁)キャンペーン」について。執筆者のイスラエル人政治学者ネーブ・ゴードンは、パレスチナ問題の解決策としてボイコット運動をやむなく支持すると表明した。

 ベングリオン大学(イスラエル)政治科学学部で学部長を務めるゴードンは、多くの著書があり、大学から終身在職を保障されている研究者。敬虔なユダヤ主義者であり、イスラエル国防軍のエリート部門である空挺部隊での兵役中に負傷したこともある。

 論説の中でゴードンは、イスラエルは歴史的な転換点に立っており、最悪の事態を回避する唯一の方法は「国際社会からの強大な圧力」を受けることだと指摘。「イスラエルが国際法で課せられた義務を尊重し、パレスチナ人に自己決定権を与える」ためなら、イスラエルへのボイコット運動もやむをえないと論じた。

 論説が掲載されると、予想どおり激しい議論が沸き起こった。ロサンゼルスのイスラエル総領事はベングリオン大学のリブカ・カルミ学長宛てに書簡を送り、ゴードンの主張が大学の資金集めに影響するだろうと警告。「ゴードンが貴大学の名の下に流布させた嘘を訂正するために」学内にユダヤ研究センターを設立するよう提案した。

学問の自由をないがしろにする学長

 こうした批判に対するカルミ学長の反応は意外なものだった。学問の自由という大原則を擁護する代わりに、カルミはゴードンの見解は「有害」で「道義的に非難されるべき」であり、「イスラエルとベングリオン大学に広がっている言論の自由の乱用」だと断じた

 さらに彼女は、「自国に敵対心をもつ研究者は、仕事の上でも個人的にも別の居場所を探すべきだ」と続けた。大学の広報担当者もこう付け加えた。「われわれは学内に多様な政治見解があることを誇りに思うし、言論の自由が守られる国に暮らしたいと考えているが、ゴードンの発言は常軌を逸脱している」

 この騒動について言いたいことが3つある。まず第一に、ジャーナリストのリチャード・シルバースタインが自身のブログで述べたように、カルミも広報担当者も学問の自由というものをまったく理解していない。

 大学の終身在任制と学問の自由の原則には、研究者が懲罰を恐れることなく自由に発言するという大きな目的がある。ゴードンの主張に反対するのは自由だが、彼の論説のどこを取っても、民主主義において容認できないような内容はまったく含まれていない。

 カルミがゴードンの考えに賛同しないことを問題にしているのではない。私はただ、カルミの発言が学問の自由という原則、本来ならカルミが擁護すべき大原則に反していると言っているのだ。

 カルミがゴードンを解雇することはできないだろうが、ゴードンの論説を「言論の自由の乱用」と呼ぶことで自由な発言を制限しようとしたのは間違いない。自由な意見交換を取り締まるのが、大学の学長の仕事とは思えない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル一時2週間ぶり安値、トランプ関税

ワールド

米ロス北部で新たな山火事、延焼拡大で約1.8万人が

ビジネス

トランプ氏の関税収入の減税財源構想、共和党内から反

ワールド

シリア経済、外国投資に開放へ 湾岸諸国と多分野で提
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 4
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    【クイズ】長すぎる英単語「Antidisestablishmentari…
  • 8
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中