最新記事

言語

携帯メールは英語を殺すか

「文化の敵」と批判されがちなメール語だが、使う子のほうが使わない子より語彙も読解力も上だった

2009年7月23日(木)14時25分
リリー・ホアン

 TNX(=Thanks)にCU(=See You)。携帯メール独特のこんな表記をめぐって議論が白熱している。

 文字を省略して言葉や感情を手短に表現するSMS(ショート・メッセージ・サービス)語に、言葉に厳格な人たちや国語の先生は眉をひそめる。

 無理もない。08年には推定2兆3000億通の携帯メールが世界を飛び交った。前年比で20%、00年と比較すると150%の増加だ。イギリスでは毎月60億通を超える携帯メールが送受信されているという。

 これほど大量に、これほどのスピードで手紙を交換し合うのは人類史上初めてのこと。でも、いくら急いでいても子音や母音を飛ばして句読点を消し、文字と数字をごちゃまぜに使うのはいかがなものかと懸念する声も上がっている。

 果たして携帯メールは、読み書きの苦手な若者を生み出し、英語の死につながるのか。そうであればOMG(=「オー・マイ・ゴッド」=一大事の意)だ。

 携帯メールの普及はアメリカよりもイギリスが早かった。しかもイギリスは英語の母国。当然、懸念も深い。テレビキャスターのジョン・ハンフリーズはSMS語を「文化破壊」と呼び、文学者の
ジョン・サザーランドは「失読症の隠れみの」と非難している。

進化には「破壊」が必要

 しかし、それは誤解だと論じる識者もいる。言語学者のデービッド・クリスタルは著書『携帯メール言語 グレート・ディべート』で、SMS語は世間が思うほど非常識ではなく、携帯メールはコミュニケーション能力を損なうどころか育てていると論じた。

 クリスタルは絵文字や省略形といった携帯メールの特徴を整理・分類し、古代エジプトから20世紀のテレビに至る言語の変遷から同様な例を拾い出す。

 文豪シェークスピアも勝手に文字を省略し、構文を変え、勝手な造語を使っていた。今や常識とされる文法も、調べてみれば意外に歴史は浅い。例えば、アポストロフィーの使い方が確立したのは19世紀半ばだ。

 SMS語が登場する以前から、英語はさまざまな形でゆがめられてきた。英語の歴史は自己破壊の歴史だと言ってもいい。そもそも、p.m.が午後を意味するラテン語「ポスト・メリディエム」の
省略形だと知っている人がどれだけいるだろう。

 こうした自己破壊こそ英語の成長過程だったと、クリスタルは考える。生物の進化と同じだ。進化は突然起きる。停滞が続いた後に、外的要因(例えば携帯メール)が突然変異をもたらすのだ。

 英語に与えた影響なら、アメリカ独立のほうがはるかに大きい。結果として生じたアメリカ英語とイギリス英語の違いは、新聞用語とSMS語の違いよりも大きいとクリスタルは言う。

 子供への影響も、嘆くには当たらない。07年のイギリスの調査では、携帯メールを使う子は使わない子に比べて読解力も語彙も上だった。省略形が得意な子は、スペリングや作文でも優秀だった。

シェークスピアも喜んだ?

 携帯メールは読み書きを苦手にするどころか、むしろ逆かもしれない。その効果は親が赤ん坊に話し掛けるのに似ている。何であれ言葉に触れれば触れるほど、子供の言語能力は磨かれるのだ。

「省略形を使いこなし、SMS語で遊ぶには音と文字の関係を理解していなければならない」とクリスタルは指摘する。前述の調査では、早く携帯を持った子ほど言語能力が伸びるという結果も出た。

 むろん、学校のレポートに絵文字を使うのはご法度だ。だが宿題の作文にSMS語が交じるのは、言語能力というより判断力の問題だろう。「今の若者は......」といたずらに嘆くのではなく、ただ赤ペンで添削してやればいい。 

 SMS語による詩のコンテストを見れば分かる。SMS語の裏にあるのは、怠け癖どころか言葉の革新を求める熱い気持ちだ。

 携帯メールは「文字を書く行為に創造性を呼び戻した」と、クリスタルは書く。シェークスピアが生きていたら、きっと喜んだに違いない。 

[2009年7月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

EUと米、今週末に貿易協定の枠組みで合意の可能性=

ワールド

米・イスラエル首脳、ガザ停戦交渉断念を示唆 ハマス

ワールド

ロシア中銀、2%ポイントの利下げ決定 22年5月以

ビジネス

ECB、着実な政策対応必要 成長見通し改善も=独連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 3
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安すぎる景色」が話題に、SNSでは「可能性を感じる」との声も
  • 4
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 5
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 6
    機密だらけ...イラン攻撃で注目、米軍「B-2ステルス…
  • 7
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 8
    アメリカで牛肉価格が12%高騰――供給不足に加え、輸入…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「電力消費量」が多い国はどこ?
  • 10
    羽田空港に日本初上陸! アメックス「センチュリオン…
  • 1
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞の遺伝子に火を点ける「プルアップ」とは何か?
  • 4
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 5
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 6
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 7
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 8
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 9
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 10
    日本では「戦争が終わって80年」...来日して35年目の…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 10
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中