EVシフトの中、トヨタのFCV開発者が水素燃料の未来を語る
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トヨタ「MIRAI」の開発責任者である田中義和チーフエンジニア
<世界的に電気自動車(EV)シフトが加速しているようにみえるが、トヨタはどう考えているのか。世界初の燃料電池自動車(FCV)「MIRAI(ミライ)」の開発責任者である田中義和チーフエンジニアに、クルマとクルマ社会の未来について聞いた>
9月末、東京・名古屋・大阪の3都市に「空気を汚さないクルマの、空気をキレイにする屋外看板」が登場した。看板自体に光触媒の特殊コートを施したもので、大気中の窒素酸化物を除去する機能があるという。ブルーを基調とした看板に写るのは1台の青いクルマ。キャッチコピーは「燃料、水素。空気を汚さないクルマ。MIRAI。」だ。
トヨタが生んだ世界初の量産型FCV「MIRAI」が市販されて、間もなく3年になる。世界の自動車メーカーに先駆けたエポックメーキングな1台だったが、この間、クルマの未来をめぐる議論は大きく前進してきた。
今年7月には、英仏政府が2040年までにエンジンを搭載した新車の販売を禁止する方針を打ち出し、大きなニュースとなった。米カリフォルニア州にも、州内で一定数の自動車を売るメーカーは、販売台数の一定割合をZEV(ゼロ・エミッション・ビークル=排出ガスがゼロの自動車)にしなければならないというZEV規制がある。
FCV、EV、プラグインハイブリッド車(PHV)、ハイブリッド車(HV)――。世界的に自動車の電動化、すなわち電気とモーターで走るクルマへのシフトが加速しているのは疑いようがない。では、将来的にはどんなクルマとクルマ社会が私たちを待ち受けているのか。
トヨタでMIRAIの開発を取りまとめた田中義和チーフエンジニアに、電動化の未来について率直な疑問をぶつけた。まず知りたいのは、MIRAIが排出ガスを発生させずに走るメカニズムだ。
二酸化炭素を出さないFCVの原理はシンプル
「燃料電池(FCスタック)では水素を燃料として燃やすわけではなく、水素と酸素を化学反応させて電気をつくります。中学校の理科の実験で水の電気分解をされたことがあると思います。水に電気を通すと水素と酸素が発生する実験ですが、原理としてはあの逆です。電気を発生して、排出するのは水だけなので、走行中にCO2(二酸化炭素)を排出しません」
MIRAIは、地球温暖化の主犯と目されるCO2も、人間に健康被害をもたらすとされるPM(粒子状物質)も発生しないZEVなのだ。
けれども田中氏は、「だからといってMIRAIが素晴らしいよ、という単純な話にすると読者をミスリードすることになります」と、自ら釘を刺した。
「なぜなら、水素をどうやってつくるのかという問題があるからです。例えば、天然ガスから改質する方式があります。この場合は発生したCO2を集めて地下に埋めるような研究が進んでいます。一方で、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを用いてCO2発生ゼロで水素をつくる方法もあれば、製鉄所などの工場で副産物として発生する副生水素もあります。トヨタとしては、水素製造時も含め、トータルでCO2を減らすという観点が重要だと考えています」
なるほど。MIRAIについて考えるのであれば、水素について考える必要もあるというわけだ。
電気の数倍のエネルギー密度が水素の魅力
身の回りにたくさんあるはずなのに、実は水素についてはなじみが薄い。そこで、田中氏に水素の特性から解説してもらった。
「水素の特性の1つに、体積当たりのエネルギー密度が高いことが挙げられます。石油には及びませんが電気(電池)よりは数倍も高いので、限られたスペースにエネルギーを積んで航続距離を伸ばしたいクルマの場合、水素は使い勝手がいい。航続距離が長くなるだけでなく、充填の時間が3分程度と短くて済むのもユーザーにとって便利でしょう」
つまり、航続距離を伸ばすためにはたくさんのバッテリーを積む必要があり、急速充電であっても80%の充電に30~40分かかるとされるEVより、優れた点がいくつもあるということだ。
このところ「EV対FCV」といった文脈で議論されることが少なくないが、それではトヨタはFCVが勝つという考えなのだろうか。
「どちらが生き残るかという対立構造ではありません。比較的近距離を走る小型サイズのクルマならEVが向いています。ロングドライブにも使用するファーストカーや、大きな荷物を運ぶバスやトラックにはFCVのほうがいい。EVのトラックに大きな仕事をさせようとしたら電池をたくさん積まなければいけなくなり、荷物を運ぶのか電池を運ぶのか分からなくなります(笑)」