低賃金の幻想が経済をダメにする
「不景気だから低賃金で当たり前」という経営者たちの勘違いを正す好機
実感なし 景気が上向いてきた今も、労働者は停滞ムードのままだ Sarah Conard-Reuters
インフラや教育への投資を通じて中間層を支援し、経済成長を目指す。オバマ米大統領は今年7月、イリノイ州のノックス大学での演説でそう語った。
これを皮切りにオバマは全米各地を遊説し、医療保険制度改革、人材・インフラへの投資、再生可能エネルギーなどおなじみの課題を語るだろう。
しかし彼が提案する政策の多くはいくら内容が良くても、議会の共和党勢力に阻まれて実現が難しい。それならこれを機に、現実的に取り組める「低賃金問題」を論じるべきではないか。
ほかの国々に比べれば、アメリカ経済ははるかに好調。GDPは4年連続でプラス成長だし、株式市場は金融危機からすっかり立ち直り、米企業の収益と現金保有高は史上最高水準にある。輸出は好調、住宅価格は上昇を続け、雇用も増加と結構なことずくめだ。
これは量的緩和策に助けられた面もあるが、企業が事業再編や市場の開拓に邁進したこと、国民が借金をしっかり返済しながら消費を続けたことも大きい。
ところが、なぜか人々は今も沈滞ムードだ。ニューヨーク・タイムズ紙の調査では、米経済の調子が「いい」とみる人は39%まで増えたが、「悪い」は60%もいる。
最大の問題点は、需要不足と賃金低迷にあると考えられる。
「今の賃金で十分」という経営者の幻想
雇用統計によれば、民間部門では10年以降に約700万人が新たに雇用された。ところが報酬はまったく伸びていない。世帯収入の中央値は09年の水準を下回り、インフレ調整後の実質所得は95年と同程度。経済がまともに機能している国なら、こんな事態にはならないはずだ。
米経済の病理はそこにある。つまり、行動規範と優先事項の問題だ。企業経営者は、従業員の報酬は今のままで十分だという危険な幻想を抱いている。労働市場が低迷するなか、賃上げなど無用という考え方だ。
彼らに、反対意見を言う人もいない。労働組合は存在感ゼロで、投資家は関心ゼロ。金融関連メディアは賃金問題に触れようとせず、政治家も右に同じだ。
企業は手元に潤沢な資金が残ると、たいてい投資家や株主に還元しようとする。配当金の支払い、自社株の買い戻し、CEOの報酬アップという形でだ。
筆者は企業のCEOたちに対し、手元資金があるなら賃上げをしたらどうかと何度か提案した。だが彼らは決まって、こちらが化け物か何かのように見詰めてくる。あまりにも想定外の提案だからだろう。