最新記事

テクノロジー

iPadであなたはもっと馬鹿になる

デジタル機器やウェブに振り回されて、人類は考えることをやめてしまった──テクノロジー担当記者が嘆くIT社会の愚かな現実

2010年5月13日(木)15時59分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

人類の敵か iPadの登場で時間を浪費する手段がまた1つ増えた? Kimberly White-Reuters

 iPodやiPadをはじめとするデジタル機器のせいで「情報は人々に力を与えたり人々を(抑圧から)解放する道具ではなく、気分転換や気晴らし、娯楽の道具になった」。

 5月9日にハンプトン大学(バージニア州)の卒業式に列席したバラク・オバマ大統領のこんなスピーチが、熱い議論を巻き起こしている。

 オバマといえば、携帯情報端末ブラックベリーを愛用するテクノロジー大好き人間だったはず。それだけに、そんなクールなイメージをぶち壊す発言に批判が集まっている。

 こんなことは言いたくないが、オバマの指摘はもっともだ。私なら、フェースブックやツイッターなどのサイトも「気晴らし」リストに入れる。さらに、デジタル機器は「人々を解放する」どころか、人間を奴隷化しているだけだと思う。ITジャーナリストにあるまじき発言に思われるかもしれないが、まあ聞いてほしい。

 かつてコンピュータは、時間を節約するためのツールとされていた。だが、現実は正反対のようだ。インターネットのせいで、私たちは何もしないまま時間を浪費している。

「非常に忙しいゾンビ」になった

 私たちの周囲にはかつてないほど情報があふれ、そこから逃れることはできない。デスクの上にも、ポケットの中にも、カフェのテーブルにもコンピュータがある今、情報はまるで空気に乗って私たちの周りを漂っているようだ。

 それなのに、自分がどんどんばかになっている気がしてならない。実際、平均すれば、われわれは上の世代より無知なのではないか。

 アップルストアに並ぶ長蛇の列や、歩きながら携帯電話をのぞきこむ人々。人類はゾンビになってしまった。

 「いや、非常に忙しいゾンビだ」という弁明が聞こえてきそうだ。メールを読み、ツイッターでつぶやきながら、他人のツイートに返信する。アプリをダウンロードし、写真をアップロードする。フェースブックを更新し、世界中が自分のことを気にしているような気になって、好きなものや嫌いなものを世界に向けて発信する。

 では、私たちがしていないことは? それは「考える」こと。情報を処理してはいるが、考えてはいない。2つは別物だ。

 要はデジタルツールを触りながら、ダラダラしているだけ。リンクをクリックしては、自己顕示欲の強い愚か者や評論家、広報やマーケティングの担当者らが垂れ流す無意味なゴミの激流をかき分けている。

 例えば、フェースブックで大人気の農場系ソーシャルゲーム「ファームビル」。多くの人がこの手のアプリにはまり、バーチャルなガーデニング用品に多額のカネを払う。あるいは、位置情報付きSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の「フォースクエア」。ランチを食べている場所を友人に知らせたり、その店の「常連度」を競う仕掛けによって、現実世界までビデオゲーム化してしまった。

ペイリン人気は人類の退化のせい

 一方、現実世界では保守派キャスターのグレン・ベックは大物テレビコメンテーターの座にのし上がり、サラ・ペイリンは次期大統領選の本命候補と目される。これは偶然だろうか。

 とんでもない。自分の周りを通り過ぎる騒音とくだらない情報に圧倒されて、私たちの神経は麻痺してしまった。アメリカはネットに操られた愚か者の国になり、ばかげたことに対する感度は鈍くなる一方だ。

 ベックとペイリンの人気ぶりは、こうした人類の退化の必然的な結末といえる。今のわれわれには、彼らのような人間がちょうどいい。彼らを生み出したのは、われわれなのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中