最新記事

世界経済

危ういマイクロファイナンス・バブル

世界中でもてはやされるマイクロファイナンスだが、貧困改善を裏付けるデータは存在しなかった

2009年7月1日(水)17時55分
マック・マーゴリス(リオデジャネイロ支局)

根拠なき熱狂? グラミン銀行の成功でユヌスはノーベル平和賞に輝いたが Rafiqur Rahman-Reuters

 世界的な金融危機で、確かだと思われていた多くの常識が覆された。だがその中で生き残ったものが一つある。「小さいことはすばらしい」という古くからの格言だ。貧困層に豪邸を売りつける時代はもう終わった。いま市場規模をどんどん拡大し、隆盛を極めているのは、低所得者向け小規模金融のマイクロファイナンスだ。

 バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌスが1976年に貧困層を対象にした小規模融資を始めて以来、少額の融資で貧しい人々を救い出せるという考えは世界中に広まった。民間団体や世界銀行、さらに金融機関までがこの分野に参入し、途上国で無数の貧困層を相手に顧客を増やしてきた。

 ユヌスが06年にノーベル平和賞を授賞したのを機に、ブームは先進国にも広がった。ユヌスがバングラデシュで創設したグラミン銀行は08年、ニューヨークのクイーンズに支店を開設。今後ネブラスカ州オマハにも進出する予定だ。

 しかし喜ぶのはまだ早い。民間研究機関センター・フォー・グローバル・デベロップメントのデービッド・ロードマンとニューヨーク大学公共政策大学院のジョナサン・モーダック教授の2人の経済学者が、最近マイクロファイナンスに関するこれまでの研究報告を精査。マイクロファイナンスの効果に否定的な結論を導き出した。2人はバングラデシュの小規模融資の研究事例を見直し、それが人々を苦しめてこそいないものの、助けになっている確かな証拠もないという報告書をまとめた。

グラミン銀行創設時から懐疑論

 自己資本がなくてもやる気があれば貧困層も融資を受けられるというマイクロファイナンスの考え方には、70年代の創設当初から懐疑的な見方があった。それでもグラミン銀行を支持する人たちは怯まなかった。生活水準が極めて低い地域でも貧困が劇的に改善されていることを示す多くの研究報告を根拠として挙げた。「グラミン銀行の顧客の5%が、毎年貧困から抜け出せている」というユヌスの主張は、金科玉条のように繰り返された。

 ロードマンとモーダックが行ったのは、こうした研究報告を再び精査することだ。計量経済学の専門用語や数式が頻出する2人の報告書は非常に難解だ。だが結論は至って簡単。マイクロファイナンスは、借り手が景気の悪い時期を乗り切る助けにはなるかもしれない。しかし貧困層が困窮から抜け出す手段になるという報告は、実証できない、あるいは間違ったデータに基づいて書かれているという。

 2人の報告書によれば、貧困の改善と小規模融資という現象が一緒に起きている事例がよく見られるのは確かだが、どちらが要因となってもう一方に作用しているのかは断定できない。「注目すべきは、マイクロファイナンスの活動が30年間も続いているのに、利用者の生活が向上したという数値的な証拠はほとんどないことだ」と、2人は指摘している。

 マイクロファイナンスに携わっている人たちにとっては残念な結論だろう。ドイツ銀行によると、今やその市場規模は250億ドルに達し、融資額は毎年15億ドルづつ増えている。現在の成長が続けば、市場規模は2015年までに10倍に膨れ上がる見込みだ。次はマイクロファイナンス・バブルがやってくるのだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマスのガザ和平案受け入れ期限、トランプ氏が「一線

ワールド

プーチン大統領「NATO攻撃の意図ない」、欧州が挑

ビジネス

利下げは「保険的措置」、今後は慎重姿勢を=ダラス連

ワールド

米政権、製薬・半導体など30業界と交渉 中間選挙見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭蓋骨から何が分かった?
  • 4
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中